2006年2月アーカイブ

亀田大毅(協栄)選手 Ⅱ

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亀田大毅選手。テレビの視聴率も半端じゃなかった。1ラウンド僅か23秒の試合時間であれだけの視聴率。これからどうなっていくのでしょうか・・・。

前座で良いカードを組んで行けば、ボクシング人気は確実にアップ。今度の8日、亀田興毅選手の前座カードには、協栄ジムの重量級KOパンチャー2人が出ます、面白い事間違いなしです・・・。

6勝(5KO)の渡部選手、8勝(8KO)1敗の清田選手。共に格上の選手と対戦します。面白いカードですよ。

さて、1973年2月15日、”ミュンヘンの星”ロイヤル小林(国際)選手が、A級ライセンス8回戦でのプロデビューを果たしています。後楽園ホールで行なわれたこの試合、観衆は2,600人と超満員。九つの花輪、10本の垂れ幕、施設バンドまで従えてのデビュー戦です。

対戦相手は、バロン熊沢(大川)選手。50戦以上のプロキャリアを誇る熊沢選手も、ここ4年間は勝ち星に恵まれずにいましたが、7連敗の後、7ヶ月のブランクを押してのこの試合に、最後のボクシング人生を賭けると発奮。

勝つまでには到りませんでしたが、アマ戦績34勝(28KO)3敗の小林選手を相手に、大善戦。5ラウンドにはダウンを喫しましたが、最後までKOされる事は拒み、8ラウンドを戦い抜きました。

試合後の敗者バロンの控え室は、ただKOされなかったというだけでまるで勝ったような大騒ぎとあります。ボクシングファンは、がっかりしたようですが、この熊沢選手の頑張りは、賞賛に値します。

実際のところ、「何と弱い相手を選んだのだろう」と、首をかしげた関係者が多かったようですが、数字の問題ではなくこの試合に賭けた熊沢選手の気迫が素晴しいと思います。

比較的楽な相手を選んで試合をこなして行
った小林選手ですが、アルゲリョ、ゴメス、
ペドロサ選手ら、超一流の世界王者とも対
戦し、世界S・バンタム級のチャンピオンに
も輝きましやた。

亀田大毅選手は、4月には早くも韓国ラン
カーと対戦するようです。KO記録、どこまで
伸ばすか楽しみですね。

8日の両国国技館、前座も楽しめます。全
日本新人王MVPの渡部選手の対戦相手は
、日本ランキング3位の西川選手。

勝ちは全て豪快なKO、日本人ランカーが皆敬遠する清田選手は、韓国チャンピオンとの対戦です。

アッ、昨日も”辛ラーメン”食べました。

亀田大毅(協栄)選手デビュー戦

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26日、あいにくの雨の中、パシフィコ横浜で”浪速の弁慶”亀田大毅(協栄)選手のデビュー戦が、タイのサマート・シットサイトン選手相手に行われました。

結果は、皆さんご存知の通り”1ラウンド23秒”強烈なKO勝利。レフェリーの浦谷さん、カウント取るの”力”入っていましたねぇ〜。顔が”真っ赤”になってました。でも、カウントいらないくらいの倒れ方でした。

メインで1ラウンドだから、数えたんでしょうか。カウントやめちゃおうか、どうしようかと感じたのは私だけでしょうか。ノーカウントで止めていたら、とんでもない”記録”が出てましたね。

それにしても、素晴らしい左フックでした。あの場であれを当てられるのは、かなり精神的に強いものがなくては出来ないです。

ボクシングは、そう簡単に倒しにいって倒せるものではありません。70年代、”KO仕掛け人”と呼ばれた元世界S・バンタム級王者ロイヤル・小林(国際)選手は、異例のA級8回戦デビュー。

ミュンヘン・オリンピック代表、プロテストでも世界ランカーを倒したり、その強打はプロ向きと高い評価を受けていました。対戦相手は、7連敗中のバロン・熊沢(大川)選手。

しかし、倒せませんでした。ダウンは一度奪いましたが、判定まで逃げ切られました。その後。小林選手は、世界ランカーとの対戦まで連続KOを続け、世界初挑戦したときのレコードは、18戦18勝(16KO)。

タイ人だからといって、7連敗だからだといって簡単には倒せるものでもありません。力むと”墓穴”ほります。セミの松崎博康(協栄)選手も、タイ選手と対戦しましたが、これが結構倒れない、倒せない。その後ですから、大毅選手の事、お客さんの目には余計に凄い、強いと写った事でしょう。

昨日は試合後この小林選手の後輩にあたる、シャイアン山本ジム・山本幸治会長(元日本ライト級王者)と、大竹マネジャーとで一杯。

山本会長も、界口一番「いいパンチだったねぇ〜」。まだ1歳になったばかりと聞いて、「なかなか打てないよ、本番で」と感心していました。

山本会長、大竹マネジャー共に、小林選手のスパー相手を務めた経験があります。「とにかく、左フック強かった」が、二人の共通の感想。山本会長、大の競馬好きですが、昨日は1着2着、4着ではずしたとの事。

あと、”辛ラーメン”が大好き。先日は、良く行く”飲み食べ放題”のしゃぶしゃぶ店で、締めにこの”辛ラーメン”を買ってきて、5袋3人で食べてしまいました。競馬の事も語りますが、”辛ラーメン”を語る山本会長も、熱い・・・。

佐藤 修 ・マッチメーク

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ワールドボクシング誌3月号に、元世界王者・佐藤 修 (協栄)氏のインタビュー記事がある。”もしも、あの時”・・・。

98年11月、当時日本S・バンタム級2位にランクされていた東條達也(相模原ヨネクラ)選手と対戦した佐藤氏は、見事KO勝利。試合後、「ウォ〜」と吼えた修ちゃん。その瞬間から、佐藤選手に大きな自信が乗り移りました。

このマッチメーク。大竹マネジャーが、修をランカーと勝負させるならこの選手とマーク、長い時間を掛けて相模原ヨネクラジム・幡野会長を口説き落とし、実現させたのでした。

以来、幡野会長には”恩”を感じている大竹マネジャー、「チャンスをあげるなら知らない所より、幡野会長にあげたい」。

20日後楽園ホールで行われた8回戦、日本ウェルター8位加藤壮次郎(協栄)選手が、相模原ヨネクラジムのルイス・オカモト選手と対戦。加藤選手、勝てば日本タイトル挑戦を約束されていました。

”まさか”負けないと思って組まれたカードでしたが、結果は”まさか”の判定負け。デビュー10年になる加藤選手に、節目の日本タイトル挑戦をさせてあげたかった大竹マネジャーも渋い顔。試合自体は、”気持ち半分”負け。加藤選手元気がなかったですね。

試合後の幡野会長、申し訳なさそうに「勝たせてもらって」と挨拶に来られました。「幡野会長の所ならしょうがない。修の”恩”があるからな」最近の大竹マネジャーの口癖です。

マッチメークにはいろんな思惑がありますが、なかなか思う通りに行かない事もあれば、佐藤選手、最近の瀬藤選手のようにピッタリはまったり。

それにしても瀬藤選手、良くここから這い上がって来ました。先の下田戦の勝利で、これが良い勉強になったと言えるようになりました。マッチメーカーとしても嬉しい限りですね。瀬藤選手、日本ランキング8位に返り咲きです。

坂田・ハワイ・ヒルマ先生

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スパーの新聞記事が余りにもひどかったので、坂田選手に聞いてみました。「記事読んだ」、「全然見てません」、「言葉尻うまくとらえられてるなぁ〜」、「なんか誘導尋問のように、聞いてくるんですよね」、「やっぱりうまいなぁ〜」。

誰がうまいのっていうと、皆ですね。坂田選手全然気にした様子もなく、大人になりました。という訳で、昔の1枚。

19歳最後の日付けです。朝のロードワーク後、スパむすびを食べている所です。ABCではありません。もっと、ズット美味しい所なんですよ、これ買ったお店。「ここのは、美味しい」。皆言いますね。

選手が一生懸命走っているのに、海を眺めながら「うめぇ〜」と、スパむすびをほおばっていたのは、ヒルマ先生だとか。あくまでも、聞いた話ですが・・・。

ロードワークコース、25年前のカピオラニ公園です。パークショアホテル・1008号室から撮影。おにぎりを食べているのは、もう少し手前のところです。ヒルマ先生が、海を眺めながら食べていた所は、ちょうど中央あたりですね。聞いた話ですけど・・・。(^^)

昔の選手達も、ここをたくさん走ったようです。あるOBの証言によれば、夜10時の門限に遅れると、イトウ先生の自宅から、このカピオラニ公園2週走らされたそうです。かなりの距離です。

「夜だし、暗いし、怖いし」とか言っていましたけど、ボクサーなんでは・・・。水を被って帰ってくる、堂々とした選手もいたようで・・・。しかし、計量で全ては発覚・・・。キビシイですハワイは。

ニュー・イーグル・カフェ。朝から晩まで行列しています。観光客はいません。メニュー豊富で、日本食もあります。しかしここでは、坂田選手の大好きな”プライム・リブ”、これしか食べません。とっても美味しいです。

今日、イトウ先生に電話して、坂田選手が亀田選手と良いスパーをやった事、アッパーがかなりうまくなった事等、報告しておきました。坂田選手、「電話出来るように頼むよ」の期待に、見事応えてくれたと思います。。

亀田VS坂田スパー/20日ホール

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20日、後楽園ホールのリングには、前戦で名護明彦選手を破った高吉勝之選手が登場。対戦相手は、名護選手と同じ全日本パブリックジム所属の、岩崎健二選手。

この試合は、岩崎選手が頑張りました。この試合の為に、ペンキ職人の仕事をやめて”賭け”て来た、その気持ちが良く伝わって来ました。高吉選手は、”いいカッコ”しようとして、ダメでした。試合後は、反省仕切りでした。気持ち半分ですボクシングは・・・。

それでも、勝利者賞のビッグサイズなステーキをたいらげて、ご機嫌の高吉選手と勤務先(電気設備工事)の小林社長。勝った後は、うれしいもんです。いつも大勢の、職人さんが応援に来てくれます。
忘れた頃、ジムへも練習にやって来る小林社長。現在3人の選手が勤務していますが、チケット販売、試合後の祝勝会、残念会まで、大変面倒見の良い社長さんです。

20日、21日と亀田興殻選手と坂田健史選手のスパーリングが行われました。初日5ラウンド、翌日4ラウンドの計9ラウンド。これは、良いスパーリングでした。

今度の坂田選手の対戦相手がサウスポーと言う事もあって、大竹マネジャーの申し出から、豪華スパーが実現しました。亀田選手、強くなっています。プレッシャーも強くなり、パンチの切れも増しています。見る度に成長していると感じます。

スパーの内容は、報道されているような”一方的”(^^)ではありません。坂田選手のパンチ、かなり入っています。パンチがあって、あれだけのプレッシャーで前へ出てくる選手に、アッパーを合わせるのは”勇気”がいりますよ。

亀田選手という強い選手とのスパーで、坂田選手も改めて自信付けたようです。お互い良い練習になったと思います。

亀田選手、今度の試合も倒すでしょう。前回よりも迫力出て来ました。足腰、鍛えられていてバランス良いです。早く世界戦見てみたいですね。

18日土曜日夜、練習後大竹マネジャーが、元世界S・バンタム級王者・佐藤 修 氏と、坂田健史選手を引率して、11日急死された、岩森 肇 さんを"偲ぶ会"に出席しました。

他に、協栄ジムOB会会長・沖ジム会長の宮下政生氏。元世界フェザー級王者・ナカハマジム会長・西城正三氏。元世界L・フライ級王者・白井・具志堅ジム会長・具志堅用高氏。元世界L・フライ級王者・渡嘉敷ジム会長・渡嘉敷勝男氏。

元OPBFミドル級王者・田島吉秋氏。37歳(当時)でプロライセンスを取得し、世界戦のカットマンで活躍する、ドクター・高橋伸一郎氏等。協栄ジム出身の関係者が、多数集いました。

1968年2月号のプロレス&ボクシング誌に、昭和39年、"リングサイドクラブ"が結成されたとあります。良いカード、好きな選手の試合には、日本全国はもちろん、海外にまで応援に行くという徹底ぶり。

中でも、"理髪一番"の藤田氏(故人)は、海老原博幸選手を応援する為に、遠くロサンゼルス、ブエノスアイレスまで、観戦に出かけられたとあります。

亡くなられた岩森さんは、誰からも"親方"と慕われ、愛された、協栄ジムが代々木にあった頃からの、"協栄ジムリングサイドクラブ"員でした。

経営される日本料理店で、何人もの選手の面倒を見てこられ、若手選手の育成を側面から後援していただきました。。

昭和61年喜友名朝博選手が韓国・仁川で、柳明佑の持つ世界L・フライ級タイトルに挑戦した時も、応援に来られた程です。タイトル奪取は成りませんでしたが、敵地での激戦後「いい試合だった」と喜友名選手を、慰めていました。今となっては、良き思い出となってしまいましたが・・・。

昨年まで、日本ランカーとして活躍した三崎一仁選手も、"親方"の所でお世話になっていた一人です。スター選手だった大嶋宏成選手を破って日本ランキング入り出来たのも、"親方"のハッパが十分効いての事だったと回想されます。あの時は、喜んでいました。

これだけのメンバーが顔を揃え、ゆっくり歓談できる機会等余り無いのですが、せっかく"親方"が皆を集めてくれたのだからと、深夜まで昔話に花が咲きました。

現役の坂田選手には、先輩王者連から厳しくも、暖かいアドバイスが送られ、昨年引退し現在は、芸能界に身を置く佐藤氏にとっても、有意義な時間であったと思います。大竹マネジャーが、具志堅、渡嘉敷の両氏に、芸能界での「修の事、よろしく頼みます」と何度も、頭を下げていました。
大竹マネジャーと渡嘉敷氏、私の3人は、実に良く遊んだ仲間であります。渡嘉敷氏から佐藤氏へは、芸能界での貴重な体験が、たくさん語られました。

海外大物タレントに突撃取材を敢行した時、簡単に門前払いで挫折。そんな時、あのタレントは"ボクシングの元世界王者"と知った相手側が、手のひらを返すように取材に応じてくれた事。

渡嘉敷氏は、大のボクシングファンである北野 武 氏に大変懇意にして頂いており、北野氏がヴェネチア国際映画祭で監督賞を受賞された時、「これで俺も、WBA獲ったかな」、「カンヌ獲ったら統一王者かな」と、渡嘉敷氏に語られたと言う貴重な言葉。

世界王者になる2年も前の、N・ハメド選手のビデオを見せられ「これは、強い世界獲るよ」と教えられた事。渡嘉敷氏は、「え〜、へたくそじゃないですか」と返事を返したとか。北野氏は芸人になるか、プロボクサーになるか、最後まで悩んでいた事等。深夜まで、話は大いに盛り上がりました。

大変お世話になった岩森氏の、余りに早く、あっけない訃報に言葉がありませんが、"親方"岩森さんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。合掌。

結膜炎、かなり良くなりました。減量中のボクサーには、移り易いので、ジムへは行けずで、写真整理。出て来た

のが、次の写真。
昭和56年12月16日、渡嘉敷勝男(協栄)選手が、仙台市で世界タイトルを奪取した祝勝会での一枚。そして、次がドローから一転、不運な裁定で世界タイトルを奪われた日の一枚です。
前代未聞の、”ルール勘違い”で、”大変な騒ぎ”になった試合でしたが、気分転換が速いトカちゃんは、新宿のスナックで、朝まで歌いまくりでした。右端は、現大鵬ジム会長の大鵬健文選手。

下駄をカラコロさせて、12時間労働の合間に練習に来ていた渡嘉敷選手を、こいつは見込みがあると、”肉の万世”へ入れて、労働時間短縮なった甲斐あって?見事世界王者になったのが、12月16日。大竹マネジャーの誕生日。

毎年5月頃から、江ノ島、豊島園へ行っていました。その昔・・・。トカチャンは、すぐに女の子と仲良くなって、バレーボール。

これは、世界チャンピオンになる前ですね。豊島園も、風景が違います。これは、仲良くなった女の子に撮って貰ったんだと思います。

元世界S・バンタム級王者の佐藤 修 氏が、今月号のワールドボクシング誌、”もしもあの時”「人生の転機」・コーナーのページを飾っていますが、トカちゃんも、あの時「ボクシングやりに来たんなら、昼間仕事しろ」と、言われてから、道が開けたように思います。

その、佐藤氏の誕生日が、昭和51年12月16日。これも、面白いめぐり合わせだと、いつも思っています。昭和51年といえば、私が東京へ出てきた年でもあります。

大竹マネジャーとは、それからの長い付き合いですが、昨夜、「修、言いこと言ってるねぇ〜」と、この記事を読んで、上機嫌。そしたら、トカちゃんから電話が入った・・・。マジ、本当です。

次の写真を見て、メンバーがお解りの方は、協栄ジム通です。いや、ボクシング通・・・。たまに集まって、激励会やら反省会等、やっていました。
結構、凄いメンバーです。解るでしょうか?アナグロな時代の貴重な記録。
次回もお楽しみに・・・。 

昔の写真が出て来ました

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右目が結膜炎になってしまい、ジムへは行けず・・・。そこで、写真を整理していた所、2000年ハワイキャンプの写真が出て来ました。

確か、1月中旬くらいから行った様に記憶しています。1月29日は、坂田健史(協栄)選手のバースデー。20歳の誕生日を、イトウ先生他、皆でお祝いしてもらっている坂田選手です。
日曜日、パシフィックビーチホテルでのサンデー・ブランチだったと記憶しています。ここのブッフェは、美味しいです。大きな水槽があって、水槽の中に坂田選手へのお祝いのメッセージが、しっかり出ていました。

やっぱり若いですね。こうやって見ると、ずいぶんと大人になったものだと、感心してしまいます。

このパシフィックビーチホテルのブッフェと、焼肉のカメリア、パゴダホテルのブッフェは、皆喜びます。そしてもう一つ、忘れてならないのが、”オックステールスープ”です。

協栄ジム大竹マネジャーが、”冷凍”して日本まで持ち帰ったと言う程の一品です。近年は、ワイキキ・ショッピング・プラザで、よく食べているようです。

ここのも、美味しいんですが、やっぱり”元祖”と言えば、”カピオラニ・コーヒー・ショップ。ワイキキからは、少し距離がありますが、ジム合宿所からは、歩いても大丈夫なほどの距離にあります。

私は、昨年も来ましたが、坂田選手はかなり久しぶりだとの事。美味しさは相変わらずですが、値段の方は、ハワイの”バブル”の影響をモロに受けて、$10:50。

昨年来た時は、$8:50だったと記憶していますので、”超値上げ”。これには、ウーンと唸ってしまいました。他のメニューは、安いので、今度はロコモコ、フライドライスに挑戦してみる事にしてみます。



でも、やっぱり”美味しい”。皆無言で、テール肉をやっつけていました。中でも、大須賀さんは、かなりの喜びよう・・・。これは、連れて来て良かった。

ウーン。写真を見ていたら、味を思い出して、食べたくなって来た。これ、お腹が空いている時はもちろんですが、お腹が一杯でも入ってしまうんですよねぇ〜。最後の、”ネコマンマ”スタイルが・・・。

ここ行くと、無口で食べて、「あ〜美味しい」で、締めるという感じになります。
どうかこの辺で、値上げは”ストップ”しといて下さいね。

2/14 後楽園ホール

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2月14日後楽園ホールで行われた、”KO・Boxing”に、協栄ジムのフライ級・白石豊土選手が出場。セコンドを務めました。

白石選手は、今年成人式を迎えたばかり、2年前高校を卒業して協栄ジム入り。福岡県出身。戦績は、2戦1勝1分でアマ試合経験無し。

対戦相手は、今岡ジムの岡田哲也選手。この日の主催は、斎田ボクシングジムで、
今岡ジムの今岡武雄会長は、現役時代は、斎田ジム所属のOPBF王者として活躍していました。

岡田選手はデビュー戦ですが、かなりのアマ歴があり、なかなか対戦相手が見つからず、苦労していたようです。

困り果てた今岡会長が、選手数の多い協栄ジム・大竹マネジャーに相談。”半分現
金”の好条件で、白石選手はアウェーのリングに立つ事になりました。

と言っても、けっして”噛ませ”ではなく、「白石は負けないと思う」、「いつも坂田と4ラウンドやってれば、アマで試合したのと一緒」と、自信を持って、リングに送り出しました。

今岡会長の、岡田選手に対する期待は、プログラムにも・・・。プログラムには、なんとこの4回戦が”セミファイナル”と出ているではありませんか。

  

実際この試合は、4回戦の一番最後のプログラムとして行われましたが、「力入ってるねぇ〜」、「こういうの、やっつけてやろう」と、青コーナーは皆思っていましたね。

こういう相手には、1ラウンドから行く事。相手が、落ち着いてしまう前にペースを取ってしまう事が、重要。試合前、レフェリーの注意を聞いている時の岡田選手、かなり硬かったですね。

白石は、指示通り1ラウンドから仕掛け、ペースを握ります。大声援をバックに岡田選手も、かなりの手数でしたが、ペースは岡田選手に行く事無く、4ラウンド終了のゴング。40−37(2人)、40−36の文句なしのスコアで、アウェーのリングで、勝利を飾りました。

「勝たないと新人王出さないぞ」と、言われていた白石選手。これで、新人王に出れそうです。敗れた岡田選手も、プロではまだ1戦ですから、これからです。これを、良い経験に今後の活躍を期待します。

大竹マネジャーは、こういうお願いされるマッチメークをよく受けます。先日の帝拳ジム下田選手に、瀬藤選手をぶつけた時も、「良ければ、どうぞ、いつでも使って下さい」と、マッチメーカーに申し入れしてあったカードです。「きっと、やろうって言うよ」との予言通りに、試合は実現しました。

少し前、渡嘉敷ジム1号選手としてプロ入りした、高校王者・池田選手。協栄ジムの川野選手が、デビュー戦の相手を務めました。この試合、「川野は、パンチあるから面白いよ」で組まれたカードで、コウジVS畑山戦の前座。

この試合、第1ラウンド、ダウンを奪った池田選手が詰めに来た所へ、川野選手の一発が見事に炸裂。勝ちを急いだ池田選手は、マットに沈みました。

M・Tジムからプロ入りした、アマの強豪三垣選手も対戦相手が決まらず、困っていました。そして、「うちはいいですよ」で、相手を務めたのが協栄ジムの清田選手。試合は、清田選手の痛烈なKO勝ち。これも、M・Tジム高城会長が持っていた枠で、世界戦の前座カード。

自分の所の興行ばかりでなく、チャンスがあればアウェーにも出る。地方にも、行く。アウェーでの試合は、結構気合が入っていいと思います。地方へ行くのも、楽しいですし・・・。

あ〜、地方で思い出す。Hトレーナー、試合当日、沖縄行くのに飛行機乗り遅れ、バケツも血止めも、全て試合後到着した事があったとか。「お前何しに来たの」・・・。萩原先生では、ありませんから念の為。

ボクサー 鶴瓶さん

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1月2日、今年のカカアコ・ジム1番乗りは、笑福亭鶴瓶さん。いつものように、自転車のに乗って、練習にやって来られました。

昨年8月、イトウ先生から、「芸能人の人が、練習をしたいらしい」と言われました。何でも、地元の旅行会社か、なんかの人から自宅に電話があり、「明日連れて行きます」との事。

「よっぽど売れてるか、売れてないかだな」なんて、無責任な言葉を交わしつつ、合宿生と”その方”を待ちました。そこへ現れたのが、鶴瓶さんです。「よっぽど売れていた」と、合宿生は驚きの声・・・。
早速練習に入りましたが、右パンチが強く、スタミナあります。大変不器用(失礼!)で、”無骨なファイター”という感じです。

とにかくスタミナは、下手な4回戦選手より、よっぽどありますね。

”集中力”も、素晴らしく、5ラウンド最後までへたらずに、歯を喰いしばりながら、ミット打ちをこなしました。

やっぱり一流の人は、”根性”ありますね。

今年は、右パンチが極端に強いのを生かして、サウスポーにチェンジされていました。都内で通っておられる、某ジムのトレーナーから勧められたとの事でしたが、良く解る気がしました。

今、凝っているのは”パンチングボール”で、「今度来る時までには、出来るようにしたい」と、一生懸命、集中して練習していました。

「不器用でも、必ず出来る様になりますから」、「そういう選手、たくさんいますから」、「佐藤 修 選手(元世界王者)も苦手(出来ない)でしたから」と激励。

現役時代、佐藤選手がパンチングボールを打っているの見た事ありませんし、大竹マネジャーが、「修ちゃん、パンチングボール打てないからなぁ〜」と、言っているのを”いつも”聞いていたので、そう信じていました。

ところが、つい先日、体を動かしにジムに現
れた元王者は、パンチングボールを打つで
はありませんか。

「修ちゃん、出来るんだぁ」、「出来ますよぅ
〜」と、苦笑いの元王者。なぜ、こんな事言
われるのかは、理解している風ではありました。

”いつも”言われていたのは、”不器用”という事の意味でしょうか。改めて、「鶴瓶さん不器用(失礼!)でも必ず出来るようになります。頑張ってください」
新年早々、WBA世界フライ級5位・元日本フライ級チャンピオン、協栄ジム所属の坂田健史選手が、合宿に参加して来ました。

昨年9月、2度目の世界タイトルチャレンジ。しかし、不運な判定に泣き、惜しくも”悲願”の世界タイトル奪取は成らず・・・。
これまで、何度もハワイでキャンプを行って来た坂田選手ですが、いつもはワイキキの高級コンドミニアムをベースに、走り込み中心のトレーニングで、食事もレストラン。

しかし、今回のキャンプは、ジムワークも取り入れ、寝泊りもジムでの合宿。

あえて厳しい環境を選択しました。送り出す側の師匠、協栄ジム・大竹マネジャーも、「厳しくやって来てくれ」と、一言。大竹氏の尊敬する、スタンレー・イトウ先生に、鍛えてもらうことになりました。

ジムワークは、一言で言ってハード。ズット頭を振って、ズットコンビネーションを打ち続ける。打ち始め、打ち終わりが繋がっているので、途中で息を抜く所がありません。これと、強いパンチ(1種類)を打ち続けるラウンドが交互に。

坂田選手は、本来パンチあります。坂田選
手もきついが、ミット受ける方もきつい。

”YOSHI"は、途中で、コンビネーションを間
違えた振りをして、勝手に休みますが、坂    
田選手は、そういうの絶対にしません。                        

ある日、坂田選手がミット打ちのラストラウンドに行っている、サイドボディ打ちに”YOSHI”が挑戦。しかし、途中から「ウー、ウー」の呻き声が激しくなり、フットワークもピョンピョン跳び跳ね状態。

「何だそれ」、「もっと簡単だと思ったんですけど」。それを見ていた、イトウ先生も苦笑い。「アンタ、誰に習っているの」、「ヒルマ先生です」、「ヒルマも勉強に来た方がイイネ」(笑)、「そうだ、そうだ」は、”YOSHI”(笑)・・・。

バス車内で、隣の日系とおぼしきおじさんに、「チャイナタウンはまだですか」と質問、「夜のチャイナタウンは危ないから近寄るな」と説教され、「ここだよ」と言われたら、思わず降りてしまう坂田選手。ジムへ帰るには、”その先”で降りたいんすが・・・。

自由時間は、たいていアラモアナビーチからC・Cコースが坂田選手の定番。C・Cとかスーパーマーケット等、見て歩くのが好きなようでした。

夜は娯楽が無いので、読書。「靖国論」を薦めたら、熱心に読んでいました。なんでも、おじいさん、曾おじいさん共、軍人で戦争経験者。2人とも、戦場から生還されていて、おじいさんは、その経験を出版準備中とか。

運が良い家系であると共に、戦う一族であった事を知らされました。かなり驚きです。推薦した「男たちの大和」、きっと観にいってる事でしょう。

坂田選手の、次の合宿参加も楽しみにしたいと思います。
練習休みの日曜日、チャイナタウンに出かけました。ジムからは、歩いて10分ほどです。休日午前中のチャイナタウンは、大変活気があります。

マーケット内の肉屋さんで見かけたのが、
右の写真です。豚の頭だけが無造作に、ま
な板の上に置かれていました。

「何だこれぇ〜」、「こんなの買う人いるのか
ぁ〜」、「ウー、気持ち悪」とか言いながら、
写真を撮る”YOSHI”.。

「豚の脳みそって小さいのかなぁ〜」。そこへ、この豚の頭を買うお客さん登場。値段は、25ドルくらいでした。肉屋のおじさん、頭をバラし始めます。しばらくすると脳みそが・・・。

予想通り?小さかったので、喜ぶ”YOSHI”。俺は勝ったというふうに満足そう。「脳みそ食べたらどうなるのかなぁ〜」、香港に長く住んでいた方に聞いてみたら、「頭が良くなる」と言われているそうです。”Y"「今度行ったら食べよう」

気持ちが悪くなったと言いながら、皆フードコートで食事。安くて美味しい。チャーハン、写真通りに美味しかったです。

美味しいと言えば、今回はまったのが、左写真BOB'Sの”ヒバチチキン”。ここでは、ミニサイズのプレートランチが買えるので、皆大満足。

”ヒバチチキン”と”ハンバーグ”両方買っても、8ドルくらい。ここのハンバーグは、やわらかくてアメリカっぽくありません。

ホント美味しいです。”YOSHI"も大絶賛!。「今日は、何にする」と聞けば、”BOB'S”ばっかりのYOSHI.。実は財布の中身とも関係があったようです。最初に買い物しまくったおかげで、○貧・・・。

帰る日、1セントも持っていませんでした。お土産に買ったチョコレートは自分で食べるし、Tシャツも自分で着てしまう、ボクサー”YOSHI”。

写真右側が、普通サイズ。左側が、ミニサ
イズです。それぞれ別の容器に、マカロニ
サラダが付いてきます。(YOSHIは、なぜか
これだけ買わされていました・本人談。)

メニューも種類豊富です。しかし、本格的
英語しか通用しないので、最初行った時
は、皆思惑とは違った買い物になってしまいました。

「何でこんなの頼んだの」、「いや、そういうつもりじゃぁなかったんですけど」、「ぜんぜん聞こうとしていない、あの姉ちゃん」、「俺は、ちゃんと言っているのに」、「何で通じないんだ」・・・。

2回目は、皆それぞれリベンジに成功しました。坂田選手も、「悔しいから、もう一回自分で行って来ます」。やっぱりボクサーですな・・・。
この度の合宿の異色参加者(失礼!)は、大須賀善明さん62才。職業、庭師。ホノルルマラソンにも2度、3度参加した事があるとか。60の手習いでボクシングを始め、大好きなハワイでの合宿に参加して来たのでした。

ファイティングポーズも決まっています。職人は、早寝、早起き。朝、早いんだろうなぁ〜と覚悟していましたが、職人も、ここハワイでは、早寝、ゆっくり起き。良く寝ました。

夜は、9時を過ぎるとベッドに入ります。朝、起きだして来るのは7時30分を回った頃、毎日ビーチで仮眠。練習前にも”必ず”仮眠、練習後にも”必ず”仮眠。

毎日、こんな感じでした。

「良く寝ますねぇ〜」、「自分でもびっくりしています」、「日本では、よっぽど仕事きついんでしょうねぇ〜」、「そうかも」。

イトウ先生とのツーショットは、かなり緊張
気味の大須賀さんですが、良く寝る分、練
習もやりました。毎日、距離、速さの違いは
あれ1時間のロードワーク。坂田選手のス
ピードには、さすがに呆れ顔・・・。

ジムワークも、ラウンド数こそ違いがありま
すが、ハワイスタイルの動き続け、コンビネーションを打ち続けるミット打ちを、”必死の形相”でやり遂げました。今振り返ると、かなり厳しかったと、思います。ミット受ける方の私は、年齢の事、全く忘れていました。・・・。

良く寝たのは、若手の坂田選手、吉住選手も同じで、”こんなに寝れるのか”という感じ。しかし、吉住選手の誰かと会話しているような”寝言”と、大声でわめく”寝言”には、連日ビックリ。隣の部屋まで、しかっり聞こえて来るのです。

何日か同室だった坂田選手、人が良いので口には出しませんが、さぞかし迷惑だった事でしょう。

”ハワイアン・ボンバー”(自分で勝手につけた)吉住選手ことYOSHIは、子供達とすぐに仲良くなります。女の子とは、出来ないのですが・・・。

写真は、練習に訪れたカカアコ・ジム OBのKIMURAさんと13才の息子さん(右)と、その友人(12才・左)です。写真でもおわかりのように、13才ヘビー級、12才ミニマム級の二人ともすぐに打ち解けたYOSHI。

”いくらでもかかって来い”のポーズでボディを突き出し、12才ボクサーを挑発。しかし、13才が来ると、薄ら笑いで後退。意外と弱気なYOSHIでした。

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