2006年6月アーカイブ

ハワイで集合・全KO対決結果!

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本日夜、帰国しました。ハワイは最後まで良い天気、帰るのがつらい(~~)それにしてもホノルル空港の物価は高い。小ビール1本がダイエット・ペプシ24本より高い。若い二人の選手、ぶったまげてました。(~~)

下写真はスパー終了後の記念撮影。よくもこれだけ集まりました。

坂田、佐々木の両世界ランカーと、イトウ先生を囲んでいる前列は地元関係者です。27日の最終スパーには、小学生15、6人が見学に来てビックリ。その熱心さには感心させられます。それと、小学校5、6年生がガチンコ・スパーしてるのにも驚きました。

上はダイアモンド・ヘッド展望台でのスナップ。佐々木選手貫禄の笑顔ですね。(~~)バックに見えるのがロードワーク・コースのカピオラニ公園です。

下写真は、大変な混雑の中で偶然発見した”誓いの寄せ書き”。見つけた坂田選手、何か運があるのかなぁ。写真には写ってませんが、”世界を取る事を誓う”との一文があります。01年5月に書いた事、ぜんぜん忘れてました。「良く消えなかった。エライ!」そして、佐々木選手がしっかりなぞって来ましたから当分大丈夫。(~~)

驚いたのはこの横に書かれていた、これです。「知ってる人かぁ」「いや〜、わかりません」(~~)坂田選手、嬉しそうでした。

今日は帰る早々気になるカードが・・・。4月ハワイ合宿に参加した笛木 亮 (ジャパンS)選手と市丸耕平(協栄)選手が新人王予選で対戦。4戦全KOと3戦全KOのパンチャー同士が対決。

KO決着かと思われましたが、結果は引き分け。笛木選手の勝者扱いとなりました。

ブルーノjr・ハワイ合宿最終日

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内藤vs小松戦。坂田選手の予想が当たりましたね。それにしても、いいカードでした。


いよいよ今回のハワイ合宿も最終日。最初から最後まで好天に恵まれ、練習もガッチリ。最終仕上げのスパーリングが昨日ありました。ラストの今日も行なわれます。


先日坂田選手と良いスパーをしたブルーノ・エスカランテ・jr。106ポンド、17才のサウスポー。昨日はフェザー級A級ライセンサー吉住壽佑選手と対戦。1ラウンド2分のアマルールでのスパーリング。吉住選手1ラウンド終わって帰ってくるなり「つえぇ〜」と一言うめく。


小さな選手が何のためらいも見せずに大きな選手とスパーするのには感心させられます。「大きすぎるから」「ちょっと無理です」色々言う選手、多いですからねぇ。


実際ブルーノが吉住選手をチョイスしたので驚きましたが、スパーはやりようです。小さい事を生かして回転の速い連打、小回りのフットワークで吉住選手を翻弄(~~)。落ち着いた動きでいいスパーを見せてくれました。大きい選手からすると小さい選手、やりにくいですね。


吉住選手のもう一人のスパー相手は140ポンドの白人選手。アマとは思えない肉弾戦で前進し、パンチを振り回す。1発狙いの吉住選手でしたが、練習していた頭を振ってからの右アッパー1発。いいのが入りました。かなり手ごたえあったようで、これだけで無邪気に喜んでました。(~~)


18才練習生の伊藤紘一君も、ハイスクール・ボーイ2人とスパーリング。ジャブとワン・ツー、右アッパーボディで上出来の内容。イトウ先生もほめていました。


今日もハイスクール軍団はカカアコ・ジムにやって来ます。「今日は頭使ってやれよ」と昨夜からアドバイスしていますが、冷静に動いて欲しいものです。


スキルはハイスクール・ボーイが断然ですが、スタミナ、心のタフネスは日本選手ですね。何とかボディで仕留めて欲しいなぁ。サイドへ良く動きますから、追うのにはいい練習です。ムキになって大振りすると、カウンター喰らいます。吉住選手、気をつけてね。(~~)


「アッ〜、お前の事心配でヒルマ先生、夜中に電話かかって来てるよ吉住」「エッへへ〜。そんなに心配ですかね俺の事」「お前打たすからなぁ〜。アメリカの救急車乗ってみたいんだろ」「そんなに打たれてないですよ〜」「とりあえず先生に電話しとけよ、夜中の電話は困るって」(~~)


明日午後の便で帰国します。


今朝は最後に合宿参加した練習生の山本さんが帰国。残るは吉住選手と練習生の伊藤君の二人。この二人、今日は明日のビロリアを夢見る、フィリピーナ・ハイ・スクール・ボクサーとスパーリングの予定。ディフェンス&カウンター練習を中心にトレーニングして来た吉住選手。少しは成果を見せてほしいものです。(~~)


かつてWBA本部がハワイ・ホノルルにあった時代があります。時の会長はボビー・リー氏。80才を越えた現在もとっても元気です。今でもWBC副会長を務め、ハワイコミッションの要職にあります。


ハワイでは昨年9月以来プロの興行はありません。が、アマチュアは盛んです。ドラッグに走らせないため、小さい頃からボクシングのトレーニングを始めるケースが多いので、技術は大変しっかしています。あのビロリアも7才でグローブをはめていた。


ふと思ったのが、17才で世界王者になったウィルフレッド・ベニテス(プエルトリコ)。15才になった頃にはプロのリングに立っていた。このベニテスもまた亀田選手と同じく、父グレゴリオがトレーナー&マネージメントしていたボクシング一家。


世界王座を奪った相手はあのアントニオ・セルバンテス(コロンビア)。セルバンテスが落ち目の三度笠だったかというとそうではなく、ベニテス返上後は世界王者にカムバックし、アローン・プライヤー(米)に敗れるまで再び防衛を続けています。?


ベン・ビラフロア(比)はハワイで世界王者になった時19才。ハワイのボス、故サム・一の瀬氏に見出されてから、わずか1年余りで世界王者迄上り詰めた。?


先日坂田選手とスパーしたハイスクール・ボーイはいい選手でした。坂田選手に対してもやっつけてやろうという気を見せていた。何よりも日本から世界ランカーが来ていると知って、島の裏側から胸を借りにやってくる姿勢がいい。きっと将来を期待されているのでしょう。


現在では17才で世界王者なんて無理でしょうね。そうそう韓国の2階級王者・洪 秀換と初代S・バンタム級王座を争ったエクトール・カラスキャラ(パナマ)も当時17才。超逆転KOを喰らい、その後のフェザー級王座挑戦でも報われず、無冠のままリングを去ってしまいましたが・・・。


ハワイの選手達はアマ、プロ問わず、日本人選手との交流を望んでおり、その機会を設定できないものかと現在模索中です。この機会にぜひ御一考をお願いします。協賛していただける企業様、アイデア等募集しております。


今回のハワイ合宿も残すところ後2日。帰国後は写真アップして行きます。お楽しみに。

亀田選手も走ったアラモアナ

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今日は日曜日ですが、帰国便が午後便の溝口ヒロキ選手。大竹マネジャーからのきついお言葉があり、今朝もロードワーク。


「走んなきゃダメだって言ってたぞ」「エッ〜、ホントですか」悲しい顔の溝口選手。「新人王はこれにかかってるな〜」「アッ、行ってきます」「無理にとは言ってないよ。大丈夫か〜」「行けます」


溝口選手、足が痛くて重そう。日曜でもあり、距離はいつもの半分。ウォーターフロントパークの小山2つ登りを5往復。これは~えひめ丸~の慰霊碑があるところで、とてもキレイな公園です。坂田選手もこの公園の一番眺めのいい場所で、TBSのインタビュー受けた事があります。


これが終わるとアラモアナ・ビーチの砂浜、端から端まで1往復。重たい足には効きます。(~~)?娯楽が無いジム合宿所で、亀田選手のビデオを見ていた時、亀田選手が砂浜を走っていたのをヒントに「砂浜走ったら強くなれますかね」という事から、砂浜を走るようになりました。これ言ったのは、1月に来た時の吉住選手ですね。


「アラモアナ・ビーチは亀田選手もハワイキャンプでは毎日走った、~由緒ある~ コースだぞ」溝口選手、よれよれで帰ってきました。「眺めが良かったろ」(~~)「周りなんか見てる余裕ありませんでした」「ビーチもきれいだけど、丘の上も眺めいいんだぞ」(~~)「いや〜、きついですね」「いつもの半分だぞ、これ」もちろん吉住選手、練習生の伊藤君も一緒に走りました。「明日は10の3だからな」一瞬にしてくら〜い顔になった二人です。


その後はチャイナタウンで食事、その活気、元気の良さに一同圧倒された感じ。食事も安くて美味い。アッ、写真撮るの忘れました。麺類もチャーハンもグッドな味です。


昨日、吉住選手。あるバカな事をしでかし運河に飛び込みそうになる羽目に・・・。(~~)「はんしん〜タイガ〜ス」みんなから歌われてしまいましたが、行かなくて良かった。


3月の長雨で運河はバクテリアが充満、死人が出たほどだそうです。どうりでカヌーも誰もやってないなとは思っていましたが・・・。「ここはきれいなんだから思い切って飛び込め」(~~)


「やらなくて良かったぁ〜」「お前、半分やる気だったんだろ」「ハイ」(~~)運が良かった吉住選手でした。


今朝はハワイキャンプ最後のロードワーク。あいかわらず天気はグッド。約16キロを短パン一つで走りますが、全身汗まみれ、その短パンもグチョグチョ状態になる程汗が出る。


坂田選手、今日も55分で走りきりブッチギリ。初日から最終日までペースは変わりません。足は重そうに感じましたが・・・。ラストゴールの笑顔にはすがすがしい達成感。さすがにラストラン、終了後は嬉しそう。


最初の1周だけだったのは吉住選手。結局4着に沈みました。またまた「あんなもんだよ」(~~)2着は佐々木選手、3週目までは坂田選手に2分差と健闘していましたが、最後はペースダウン。「佐々木らしい」(~~)それでも60分で走ってますからペースはそんなに悪くない。


ゴール後はぐったり、「こんなに速い佐々木、始めて見たよ」しばらくは歩けない状態。少し遅れて溝口選手がゴール、懸命のラストスパートを見せましたが、「何だ、最初からやれよ」(~~)


やや遅れて次に吉住選手、ふらふらになりながらのゴール。しかし、カメラだけは意識して勝手にポーズ。すかさず「お前は飯無しだ!」


練習生の伊藤君、大分遅れて幽霊のごとき表情でゴール。「大丈夫か、生きてる?」「生きてます」青白かった肌も、茶褐色に染まり始めました。肩は水ぶくれで悲惨ですが・・・。


37才練習生中村さん。今日は4周を走りぬきました。皆よりは遅れましたが、一周20分少しのペースは素晴らしい。これには一同も驚きの声。「エッ〜、ホントに4周ですか。俺あの年になったら絶対無理だな」と坂田選手。(~~)「坂田でも無理か」(~~)「もう、走ってませんよう」「走るの好きなんじゃないの」(~~)「好きなわけじゃありません。嫌いです」(~~)


中村さん、ロードワーク終了後焼肉をしっかりご馳走になり帰国の途に。もう飛行機ではグッスリでしょう。「エッ〜、これから帰るんですか?」知らなかった若手はビックリ。全身やけど状態の中村さん。初めてのハワイ、欲張って焼きすぎました。口を開くのもつらい状態です。なのに、ご飯はしっかりと誰よりも早く、デザートまで食べてる。(~~)


今朝は、約3ヶ月の滞在を終えた小野木協栄(かなえ)君が帰国。「日本は雨で蒸し暑いよ?」「イヤだなぁ。帰りたくないなぁ」吉住選手とは高校が隣同士という事もあって、すっかり仲良しに。今度は吉住選手と一緒にロング・ステイを考えているようです。


いよいよ明日は坂田、佐々木の両選手も帰国し、合宿組も日、月で3人が帰国します。残った合宿組は29日夜、日本着です。






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今朝はダイアモンド・ヘッド登山。団体で登るグループが多く、走って登るどころではありませんでしたが、若手小野木君だけは走って登らされた。(~~)とにかく凄いラッシュでした。


ごった返す展望台が幸いしたか、2001年登頂時に書いた寄せ書きを坂田選手が発見。これにはビックリ。まだあったのかと・・・。


佐藤 修 、佐々木基樹、仲里 繁 、坂田健史選手とそうそうたるメンバーが、世界王者になると誓った寄せ書きです。(写真とって来ました)金平、大竹、金元とそろってサインしています。


あれから5年。よくも消されずに残っていたものです。何か皆嬉しくなってきましたね、これには・・・。若い選手には歴史の重みが伝わったような気がします。


佐々木選手、これを消してはならずと持参のサインペンでなぞらせる。通行のじゃまになる事等全く気にせず、しっかり復元されました。テンション一気に上がった佐々木選手でありました。


この寄せ書きの隣には、「坂田君、世界チャンピオンになるのを期待してます」の書き込み。toshikoさん、ありがとうございます。(誰かはわかりませんが)坂田選手も嬉しそうでしたよ。


とにかく坂田選手自信が見つけて、驚いた。「あっ、これ昔書いたやつですよ!」今後ハワイに出かけられる皆さん、ダイアモンド・ヘッドに登ったら、ぜひ探してみてください。


昨日のスパーは、坂田選手がゴールデン・グローブ・ハワイ代表と4ラウンドのスパーリング。ゴールデン・グローブ代表とあってボクシングはうまい。ハートもグッド。まだ高校生とは思えないほどの好選手です。さすがにラウンド後半は坂田選手のボディ攻撃につかまりましたが、「あれはいい選手だよ。毎日やってもよかったな」とは大竹マネジャー。サウスポーのグッドパートナーだったと思います。18才、今後が楽しみな選手でした。


佐々木選手はハワイ滞在3ヶ月になる小野木君と3ラウンドのスパーリング。さすがに貫禄をしめし、気迫で圧倒。小野木君、プロの厳しさを身をもって教えられました。「これで吹っ切れたと思います」こちらも今後に期待したいと思います。


ハワイのアマ選手は基礎がしっかりしていて、勇気もある。「ハワイはまだまだボクシング盛んなんだねぇ」

今日、月曜と道場破りがやってきます。「やられんなよ〜。メシ無しだぞ〜」


今日は合宿参加の協栄ジム練習生山本さんを迎えに空港へ。30代後半を迎える山本さん、ボクシング歴は長い。かつて年齢制限ギリギリでプロテストを受けたこともあるキャリアの持ち主。


今回は坂田選手のハワイキャンプに合流できるのが楽しみで参加。なんでもハワイは10年ぶりとか。8時に空港出口を出て、早速行動開始。BOB`S で10人分のプレートランチを買い込み、バスでワイキキへ。10時半には坂田選手らの待つワイキキ・バニアンに到着。皆で和気あいあいの食事。


今日のレース結果を聞くと、当然ながら坂田選手は今日もブッチギリの一人旅。吉住選手が大健闘の2位。世界ランカー佐々木基樹選手、サッカーの試合開始時刻が迫っているというのに、吉住選手とのデッド・ヒートに敗れてしまいました。「見てたら、きっと手をたたいて喜んでいると思いますよ。今日は、吉住の若さに負けました」(~~)「オッ、競り勝ったんだな」ご褒美に?~マカロニサラダ~をもらってご機嫌の吉住選手でした。


今日午後は坂田、佐々木の両選手もカカアコ・ジムでのジムワークに参加。これを伝えたところ、スパーの申し込みが3人も・・・。「いいよ、ぶっ飛ばしてやれ」(~~)で、急遽坂田選手がスパーリングをすることになりました。相手はアマチュアの選手ですが技術はしっかりしているので、短いラウンドでどんな内容になるか楽しみです。


「海兵隊の黒人チャンピオンが来るってよ佐々木」(~~)「エッ〜、マジッすか」「おい世界ランカーしっかり頼むよ」「ホントッすか」「肌が黒いだけだよ」「よ〜し、イイッすね」ホントは坂田選手の相手しか来ないんですけど、「あのくらい言っておいて調度いいよアイツは」(~~)


皆足はパンパン状態ですが、明日はメンバーがそろったところでダイアモンド・ヘッドへ全員で登ります。走って登るのかなぁ。(~~)その昔、渡嘉敷選手は元気一杯走って登っていた。勇利選手は冷たく冷やした飲み物をクーラーバックで持参。頂上で知らない人に配って喜んでもらうのが好きだったとか・・・。「あれはお金取れますよ」「持たされる方はつらいですよ」(同行者)(~~)それも練習かなぁ。

 


坂田・佐々木VS合宿6人衆

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いよいよ坂田健史、佐々木基樹両世界ランカーに若手選手+@が挑むロードワークレースがホノルル、カピオラニ公園で行われました。昨日まで様々な駆け引きが行われていましたが、どうなる事やら・・・。


朝8時スタート。お互いにけん制しあいながらも坂田選手、短距離ダッシュのスタート。今年の新人王戦エントリーの溝口ヒロキ選手、坂田選手マークのはずが「30秒であきらめました」(~~)「何だあいつ〜、話が全然違うじゃん」


1周約4キロのコース、半周で坂田選手もうブッチギリ状態。「今日は気合入ってるな坂田」「オッ、佐々木もヤル気じゃん」「ついてけよ佐々木に離れんな」


1周目2番手追走は吉住選手。次が佐々木選手、溝口選手。少しずつ差が開いて行きます。1周目快調なペースの吉住選手でしたが、あっさり2週目からペースダウン。「こんなもんだよアイツは」(~~)


2、3周目と佐々木選手を懸命に追走するは溝口選手。最後の4周目には少し差がついていました。「ラスト1周勝負だ!」溝口選手、ここから猛追。一度は佐々木選手を抜き去りましたが、そこは世界の意地で佐々木選手が逆転。2位でゴールしています。


終了後。「溝口、抜いたとき何かされなかたっか?」「言葉の暴力なかったか?」「意地悪されなかった」(~~)「いや〜、溝口のプレッシャーきつくて」「さすがに速いです佐々木さんは」


今日の佐々木選手、今回のキャンプでは一番のペースでの走りを見せました。「今日で終わり。明日からは出来ないよ」(~~)(佐々木選手)


次にゴールは吉住選手と小野木君。ラストの直線で激しいデッド・ヒートがありましたが、若い小野木君に軍配。「吉住、何やってんだバカヤロ〜」「情けないねぇ〜」


最後は余力無くあきらめの吉住選手。ハワイで3ヶ月の合宿生活を送っている小野木君、昨年とは見間違うばかりのスタミナ・アップ。坂田選手も認めていました。


それにしても今日の坂田選手。カピオラニ公園を走っていたどのランナーよりも断然速い。4周回、ペースは一向に衰えずゴールを駆け抜けた。「この子は見えないところでやってるよ」と大竹マネジャーも満足そう。


「坂田が速すぎるから俺達目立たないだけで、かなりのペースで走ってるよ」と溝口選手に話しかける佐々木選手。自分に言い聞かせるように言っていたのが笑える。(~~)


坂田選手から最後の選手までかなりの時間がありましたが、ゴール後は皆仲良く談笑。一気に親近感が増したように感じられました。「坂田さん速すぎる」全員一致のコメントです。


ミニマム級の溝口選手。急遽地元のアマ選手とのスパーが決まりました。「黒人だってよ」「エッ〜」とビビる溝口選手。「やっつけろよ、やられたら飯無しだぞ」スパーは、明日行われます。


明日22日は30代練習生の山本さんがやってきます。中村さんとの30代対決も見物ですね。明日もロードワークは続きます。


コーナーでは大竹マネジャーがしっかり見ていますから、インチキは出来ませんよ〜選手の皆さん。公園は横切れませんからね。(~~)

ハワイ合宿6人・小松VS内藤

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27日行なわれる小松VS内藤戦。好カードです。素晴らしい。昨日、坂田健史選手にちょこっと予想を聞いて見ました。


「僕は、内藤選手かと・・・」(真面目に)


ちなみに私は「小松選手かなぁ」と思っています。勝者には何が約束されているのでしょうか。坂田選手も気になるところです。もちろん、世界王者パーラを2度に渡ってあれだけ追い込んだ坂田選手には、次をやる~資格~があると考えていますが・・・。

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そういえば佐々木選手。本当は~節制~しているんだそうです。いつもは16オンス食べるステーキも、12オンスに減らして我慢。いくぶん頬もそげている感じ・・・。


なぜか、「ライトに落しても世界やりたい」から。「サンタクルス。やれませんかねぇ」必死に訴え続ける佐々木選手でありました。したがって、今度の試合は気合満点、やる気満々での登場となりそうです。「なめませんよ」


日曜日、合宿組の吉住選手、小野木君、伊藤君の若手3人はバスでカイルア・ビーチへ。2度目のチャレンジ吉住選手、今度は念願かないました。「とっても綺麗な所でした」と大満足。何でも、伊藤君をビーチにうずめてしまったんだとか。とっても楽しそうに語ってくれました。


今日、新たに3人の合宿生が到着。ジムに荷物を置くと早速ワイキキへ出動。強烈な日差しに、驚きと歓喜の声。つかの間の休息を楽しみ、3時半からはジムワークが待っています。


1月のハワイ合宿に参加しながらKO負けの吉住選手。イトウ先生からディフェンスの練習をみっちりやらされています。もうこれだけですね。「帰りたくない、ハワイに住みたい」吉住選手です。


明日からは、カピオラニ公園でのロードワークに参加します。「坂田さんのスピードは半端じゃないから」目標は佐々木選手。順番に仕掛けてやっつけろ。(~~)世界の意地を見せるか、佐々木選手。いよいよスタートです。

 

こちらはいい天気が続いています。合宿組はアラモアナ・ビーチ2往復の朝のロードワーク、この日の昼食は協栄ジム大竹マネジャーにご馳走になる。初めてのハワイ、初めてワイキキに出た練習生の伊藤紘一君、「にぎやかですねぇ。何か都会に来た感じ」


ウ〜ン。最初にジムからハワイに入ると、皆同じ言葉を口にします。滞在2日目にして早くも「アラモアナの方が静かで好きですね」の言葉。人それぞれ好みですが、静かな方がいいと言う選手、多いです。


食べ放題の昼食、皆よく食べる。大満足で食後はビーチへ。しかし、暑さにじっとしていられず早々に退散。今頃からは、20分おきに水かぶらないとビーチは辛い。ロードワーク中も、日差しがかなり気になるようです。


話題の中心はもっぱら佐々木選手。「佐々木、成人病だって書いておいて」?「もう年取っちゃって、大丈夫か佐々木」(~~)大丈夫ですと言いつつも「○○の数値が・・・」(~~)の佐々木選手。どこまでがホントやらわかりません。


「佐々木〜、お前若いのに抜かされんなよ。心配になっちゃうよ」「いや、任せておいてください」「お前信用できないんだからぁ」(~~)「この前の試合だって、あれだもんなぁ」


大竹マネジャーが席を立つと、佐々木選手が坂田選手に向かって一言。


「坂田、いつでもがんばれていいなぁ。そんなに、がんばらないでくれよ〜。(~~)坂田ががんばるから俺が目立っちゃう。俺だってやってんですけどねぇ〜」「坂田、何でそんなにまじめにがんばれちゃうの?」


「いや〜、俺だっていい加減なんですよ〜。今まで全然がんばれた事なかったから、せめて一つだけはと思って・・・」(真剣に)


言われた佐々木選手、「ホントかよ〜」って疑っていました。誰が見ても何でもがんばりきっちゃうのかと思ったら、そうでもないらしい坂田選手。だから、「僕も辛いんですよ〜」「全然そうは見えないなぁ」(~~)


いよいよ来週火曜日から3名。木曜1名のハワイキャンプ特別参加・合宿組?がやってきます。朝のロードワーク、見ものですね。何でも「がんばったで賞」が出るらしい。打倒「坂田」は考えず、打倒「佐々木」だけを考えて走るようアドバイスしておこう。(~~)



佐々木基樹、良く食べるハワイ

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2週間の合宿組2人を連れて16日(現地時間朝)ハワイ入り。早速、買出しへ連れて行きます。ダイエットぺプシ24本が5ドル99。ウーン安い、安すぎる。2ケース買って、さらに他の物も追加。ステーキ、骨付きカルビ等を持てるfだけ買い込み、合宿所冷蔵庫へ。「これだけあれば相当持つな」(~~)


そして必需品のバスパスを買って、アラモアナビーチで一休み。3時半からはイトウ先生指導の下、ジムワーク開始。小野木協栄君は、3ヶ月滞在のラスト1週間を迎えるところ。3ヶ月前とはパンチの切れ、威力とも違います。ボクシングもずいぶんとうまくなりました。


初日練習終了後は、食事の支度(ステーキ)を済ませ、アラモアナで食事をしている協栄ジム大竹マネジャーと合流。今後のスケジュールの打ち合わせ。短期滞在ながら来週は4名の選手、練習生がやってきます。出迎えも忙しい。(~~)


佐々木基樹選手、この日はプライムリブ7枚。もちろんサラダ他の品目もたくさん食べたようで。私がついたのは丁度食べ終わった頃。


「佐々木〜、食べるのだけじゃなくて走るのも頑張ってくれよ〜」「いや〜、この年になると」「こいつ練習好きだから坂田より20分も余計に練習してるんだもん」「それって1周遅れですか?」「佐々木〜」(~~)「仲里は頑張ったよな〜」「お前なんかまだまだだよ」


こんな会話から、今までで誰が一番遅かったかという話しに。中野吉朗(元日本王者)選手、「あ〜遅かったなぁ」夕方のダッシュではゴール線で丁度止まる。普通、駆け抜けるものですが。これを見ていた金平会長、超激怒。「あの時、会長怒ったなぁ」(~~)


いろんな選手の名前が出ましたが、それらを押しのけ堂々の1位は。やっぱり~伝説の男~あの選手でした。坂田選手も納得の笑顔でした。


とにかく、「おじいちゃん、おばあちゃんが歩いているのより遅いんだから」「それでも走ったふりをしてるんだからたいしたもんだ」「ホントにそんな事ありえるんですかぁ」「ホントだよ〜、なあ坂田」「あ〜、それはホントです。間違いありません」「佐々木〜、俺の事疑ってんなぁ。坂田が言うんだから間違いないだろ」「へぇ〜、そんなに凄かったんですかぁ」「それじゃ、ここで飯とって来る方が速いんだ」「そう、その通り」(~~)


坂田選手、ホントに気の毒そうに言ってました。「走る姿も、怒られている姿もかわいそうでした」?「首つろうと思ったらしいよ」(~~)「いや〜、ほんとにそう思いました」 (真顔で)


来週のデッドヒート、楽しみになってきました。坂田選手に「挑戦状が出てるよ。抜かすってよ」(~~)笑いつつも、目が笑ってないのが坂田選手のいい所でしょうか。


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74年9月、日本にもおなじみのアルフレッド・マルカノとのWBC世界フェザー級王座決定に、9回KO勝で勝利。世界王座に着いたボビー・チャコン(米)でしたが、ノンタイトル戦一つをはさんでの初防衛戦は75年6月。あっけなく、お馴染みのルーベン・オリバレス(メキシコ)に2回KO負けで王座陥落。

そのオリバレスも3ヵ月後の初防衛戦で、伏兵デビット・コティ(ガーナ)に判定で破れまたまた王座交代。福山選手にとって痛かったのはこの75年、年間僅か2試合しか出来なかった事ではないでしょうか。

年4〜5試合のペースで激戦を戦ってきた福山選手。世界王者が変わるたびにターゲットを切り替え、準備していたのでしょうが、惜しいばかりです。やはり選手は試合していないとダメです。世界戦準備の為のブランク等、私は全く意味がないと思いす。”2試合やる間に一つ年をとってしまう”これでは・・・。

さて、福山選手はチャンピオン・コティの初防衛戦の相手として決まっていましたが、先の事情によりガーナでの世界タイトル初挑戦に挑む事になったのはフリッパー・上原(協栄)選手。

沖縄興南高校出身、元世界S・フェザー級王者・上原康恒選手の実弟で、この時日本フェザー級チャンピオン。この上原選手、ロスでデビューしています。ロスでは4戦4勝3KO勝を記録。スパーでは、あのダニー・ロペスをダウンさせた事もあるんだそうです。

76年3月ガーナの首都アクラで行われた世界戦は7万人の大観衆を集めて行われました。どうやって集まってきたんでしょうね。(~~)驚かされます。

試合は12回TKOでコティが初防衛に成功しますが、決して一方的ではなく、試合前実父を亡くしていた上原選手の善戦が光ったようです。今後について、「自信を持ちました」とハッキリ答えています。福山選手には、「ボディを打ったらいい」とアドバイス。勝ったら僕にもチャンスがほしいとも・・・。

コティも「今まで戦った中で上原が一番強かった」と語り、先代会長も「よくやった」とほめたほどだそうです。そういえば喜友名朝博選手が、韓国で柳 明佑の世界タイトルに挑み敗れた夜、大竹マネジャーと共に先代会長に謝りに行った時も「よくやった、仕方ないよ。またチャンス作るよ」と言ってくれました。

ようやく福山選手に出番が回ってきたのは76年7月16日。後楽園ホールでコティに挑戦が決定。特別コーチには、”シンデレラ・ボーイ”元世界フェザー級王者・西城正三選手(ナカハマジム・会長)が付き、マン・ツー・マンでトレーニング。

しかし、コティ。7万人の大会場から一転、2,500人が精一杯の後楽園ホールでの試合はどんな感じだったでしょうか。(~~)ギャップがあまりに違い過ぎますよね。

続く・・・。

本日からハワイ合宿に参加者を引率します。29日の帰国まで、ワイキキに通いエヴァ・ホテル2Fのインターネット・カフェ(けっこう親切)から、キャンプ中の坂田健史選手、佐々木基樹選手のハワイ情報を中心に、若手珍道中、イトウ先生のお話、カカアコ・ジムの日々等更新します。お楽しみに・・・。

シゲ福山・D・ロペスのどん底Ⅱ

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豊島選手に命からがらの3回逆転KO勝を飾ったダニー・ロペス。ダメージもなんのその9月19日、オリンピックのリングに登場、日本のシゲ福山(協栄)選手と対戦します。

福山選手は長らくロスのリングで戦っています。8月1日には無敗のホープ、カルロス・ベセリル(メキシコ)と戦い、試合開始から一方的なベセリルペースで完敗寸前のラストラウンド。左フックを決めて超逆転のKO勝利。この勝利でロペスとの対戦のチャンスを掴みました。

ロペスは、世界王者となっていたボビー・チャコン(米)へのリベンジ、すなわち世界タイトル挑戦が決まっていました。そうして迎えたこの試合、誰もがロペスの勝利を信じて疑わなかったオリンピック・オーデトリアムは、意外なシーンを見ることに・・・。

試合は打撃戦の末、9回ロペスがコーナーを出れず福山選手のKO勝。世界タイトル挑戦権を横取りしてしまいました。しかし、この福山選手も好不調の波が激しく、一時は4連続KO負けを経験。日本では見放された選手だったのです。

日本で見たスパーでも、凄い打ち合いやっていました。打撃戦は大好きという言葉通りの激しいスパー。今なら4連続KO負け。やめちゃいますよねぇ。(~~)

ロスでの第1戦が650ドル(20万円)だったファイトマネーが、ロペスとの試合では7千ドル(210万円)。試合4日後、福山選手は日本に凱旋帰国。”第二の西城”、”シンデレラ・ボーイ2世”ともてはやされました。下写真は、ロスでの同僚O・アルバラード(世界S・ウェルター級王者)と。

12月にもロスで予定されていた世界タイトル挑戦は延期となりますが、1年半後日本で実現する事になります。そしてロペスは、翌年1月の再起戦も判定負け。すっかり見放された選手に・・・。

WBC世界フェザー級タイトルは、75年6月チャコンからルーベン・オリバレス(メキシコ)が2回KOで強奪。2度目の世界フェザー級王座獲得でした。しかし、3ヵ月後の初防衛戦で、ガーナのデビット・コティにあっけなく敗れ王座陥落。世界王座はアフリカへと渡ります。

この時点で、福山選手は初防衛戦の挑戦者としての権利を有していました。が、ガーナ初の世界王者コティの初防衛戦だけは外国に出るわけにはいかないと、政府が国を挙げて地元開催を主張。

ここで先代金平正紀会長は、福山選手の変わりに同門のフリッパー・上原選手をガーナに送り込ませます。コティが勝ったなら、次は日本で福山選手が挑戦。上原選手が勝ったなら、同門決戦だったのかなぁ。(~~)チャンスを先に譲った福山選手も、譲られた上原選手もビジネスと割り切って自分の道を進む。

そして、世界タイトルとはすっかり距離が出来てしまったロペスは、連敗にもめげずリング活動を続け、連続KOで這い上がりのチャンスをうかがう。

続く・・・。

1R・KO/●○+△ 新人王予選

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13日の後楽園ホール、新人王予選。協栄ジムからは3選手が出場。トップ・バッターは佐藤 幹 選手。試合開始早々から、宮田ジム・コータツ選手が低い姿勢から大きな左フックで仕掛けてくる。こういう選手はけっこうやりにくい。

大きいから見えてるんだけど、”怖い”気持があると体が起きる。手数も相手が多い。追い掛け回されている印象が強い。1回終了直前、この大きなパンチをもらってしまい、ダウン。ヨロヨロしていたのでそのままテンカウント。これは仕方なし。

2番手は楢戸(ならと) 洋 選手。只今2連敗中。だんだん応援団が少なくなってきたのだそうです。「さみしい〜」(~~)「お前の友達冷たいなぁ」「いや〜、負けるの見てられないって言われちゃって」「そらそうだ。お前が悪い」(~~)

最初の負けは、今日加治木選手と対戦する大島耕平(八王子中屋)選手。フェザー級の選手で今日まで4戦4勝。次はウエート落としすぎて、バンタム級での試合。膝が全く利かず、膝が2回キャンバスについてのKO負け。ウエートは落とせばいいってもんじゃない(~~)

対戦相手奥山選手は7戦4勝(2KO)。やっぱり連敗していると怖いんです。しかも前回はKO負け。「相手は4勝もしてるからなぁ。最初は寂しい顔して行けよ。(~~)ゴング鳴ったら走ってけ」

その通りやりました。ジャブの指し合いは、楢戸選手の勝ち。ワン・ツーも当たる。奥山選手には明らかに戸惑いの色が、「1勝2敗じゃないの?」(~~)

試合はいい感じで進行したと思います。スタミナもあったし、よりジャブを当て、よりワン・ツーも当てた。左ボディもしっかりと・・・。前に出ていたのは楢戸選手の方でした。

そして採点は、39−38楢戸。38−38(2人)のドロー。思わず苦笑い。エッ〜(~~)青コーナー近辺の常連さんは、「勝者扱いにするんだろ」と、これまた苦笑いで声を掛けてくれる。

しかし、ドローの二人は奥山選手の優勢。「なんじゃこりぁ」。大竹マネジャーも納得いかず、一晩中ブツブツ(~~)言ってましたね。出てしまった結果は仕方ないけど、反省点も多々あります。楢戸選手の今後の活躍に期待したいですね。ヒルマ先生、”力”入ってたけどなぁ。

ラストに登場は加治木了太選手。ここまで2勝(2KO)2敗。対する大島選手は4戦4勝。この両選手、値段が高いトランクスはいてました。(~~)

試合は、大島選手がフットワークとコンビネーションで先制。いいセンスしてますね。加治木選手は一発狙いかなぁ。萩原先生「狙うな、狙うな」・・・。

1ラウンドも終わろうかという頃、コーナーを背にした大島選手に左フック・カウンター1発。立ち上がった大島選手でしたが、マーチンレフェリーは続行を許さず、加治木選手のKO勝。「いい左フックだったなぁ。パンチあるんだなぁアイツ」とは大竹マネジャー。

その加治木選手にKO勝している笛木 亮 (ジャパンS)選手4戦4KOと、加治木選手の同僚・市丸耕平選手3戦3KOが、6月29日の新人王予選で対決します。オールKO勝同士。面白そうですこのカード。ぜひご観戦を。私は帰国時間と重なり見れません。残念です!

写真は、4月のハワイキャンプに参加した時の笛木選手です。お気に入りのピンク色グローブをつけて。今度の16日からのハワイ合宿で、このグローブ(
12oz、14oz)いくつか買ってきます。ご希望の方がいらっしゃれば適価でお譲りします。(~~)
勝てない。連敗。自信をなくす。気持が小さくなる。どん底・・・。ここで、踏ん張れる選手と、消えていく選手。この分かれ道の判断は難しい。

6連敗から新人王、日本王者。10回戦初の勝利で日本王者。4度目の同じ顔合わせで初勝利、日本王者。負け越しの世界王者。いろんなケースがあります。

海外での典型的例が、元世界フェザー級王者ダニー・リトルレッド・ロペス(米)。世界タイトルを8度も防衛した名王者ですが、不遇の時代がありました。しかもそこには日本人選手が絡む。下写真は、恩師ステンドラー・マネジャーと。不遇時代を支えた恩師は王者になったのを見届けるように、世を去った。

デビュー以来21連続KO勝ちで、ロスの人気者となったロぺスに挑んだのが元日本バンタム級王者・黒沢元三(野口)選手。この黒沢選手も日本王者についたのは実に49戦目。デビューから3敗1分。9試合を消化して2勝6敗1分から日本王者にのぼりつめた苦労人。

1974年1月17日ロスのリングに立った黒沢選手は、ロペスの連続KO記録を阻止します。黒沢選手の脅威の頑張りが絶賛されています。

続く2月3日の試合を10回KOで勝利したロペスは、ロスの人気を二分していたボビー・チャコン(米)と対戦。これはもの凄い好カードでした。結果はチャコンが9回KO勝ち。ここからロペスの長いトンネルが始まります。

失意のロペスの再起戦の相手を務めたのが、ハワイのリングで華々しい活躍をした事もある豊島政直(SB川口)選手。連続1ラウンドKO記録の初代保持者で、23勝中1ラウンドKOは実に11。「真っ黒くて、からだ振って左フック、ブーン、ブーン」「カッコよかったなぁ」大竹マネジャーがよく言います。

リングキャリアのラストを迎えていた豊島選手にとっては願ってもないチャンス。8月8日ロスのリングに乗り込みました。試合は1ラウンド豊島選手がいきなり2度のダウンを喫します。2回も凄まじい打ち合い。

そして迎えた3回目。豊島選手の”右”でロペス痛烈なダウン。カウント”9”で試合続行が告げられた時には、ロペスはこれから起き上がろうとしている始末。たまたま観戦していた輪島功一(三迫)選手も「あれはロングカウントくさい」

止めを刺しに行った所に、ロペスの右がカウンターとなってしまい豊島選手はカウントアウトされてしまいます。「くやしい」豊島選手は引退。命からがら生き延びたロペスでしたが、内容はほとんどKO負けに近い。地元だから、それも運でしょうか・・・。

次の試合でこのロペスに挑んだのが、協栄ジムのシゲ・福山選手です。

続く・・・。

坂田健史、佐々木基樹両選手のハワイキャンプ、正式決定はつい先日。先週中盤、何気なく協栄ジム若手に「合宿所なら安いから、坂田と一緒にハワイ行くか?」と声を掛けてみると・・・。

「行きたいですねぇ〜」「どの位掛かるんですか?」「まぁ、こんなもんだけど・・・」「あ〜、そうですか」「あいつ行くってよ、勝負賭けてるよ」(~~)「ホントですかぁ〜」 

そんな具合で、僅か2日間で6人の参加希望者が名乗りを上げた。「坂田さんが行くなら、ぜひ行きたい」「どれだけ早いんですかねぇ」「やったらわかるよ。勝ったらご褒美だ」(~~)

日頃、坂田選手に痛い目にあいながら(~~)勉強している溝口、白石両選手も参加表明。二人で仲良くパスポートを取りに。しかし、九州出身の白石選手、本籍地が遠い、遠すぎる。結果、戸籍謄本の到着待ちとあいなりました。

ハワイキャンプは協栄ジムの先輩、元世界S・バンタム級王者・鬼塚勝也選手、元世界フライ級王者・勇利・アルバチャコフ選手も大のお気に入り。カカアコ・ジムでトレーニング もしました。

他の参加メンバーは、1月のハワイ合宿を坂田選手と一緒に過ごした吉住選手 は、2度目。最近再びジムに戻って来た練習生の伊藤君、二つ返事で参加表明。30代の練習生中村さんは、ボクシング大好き、坂田選手大好きでやって来る。伊勢田元選手は、過去にハワイキャンプ参加経験ありで特別参加。イトウ先生の的確なアドバイス は、きっと彼らの大きな財産になる事でしょう。

ロードワーク。激しいデット・ヒートはあるのか、やっぱり坂田選手の一人旅になるのか、なるだろうなぁ。(~~)激しい下位争いはありそうな予感。大勢で”ヨレヨレ”やられたら見ているほうが恥ずかしい。「オイ、ビリはメシなしだ」大竹マネジャーの掛け声が、カピオラニ・パークにこだまする。(~~)

アッ、ハワイキャンプといえば、まだある伝説の逸話。「選手が一生懸命走ってんのに、コイツ海を見ながら”おにぎり”食べてんだもんね。気楽だねぇ〜」(~~)最近ではあまりに言われるので、開き直って「美味しかったですよ」と応えるヒルマ先生。海を見ながらほおばる”スパむすび”。美味しそうだなぁ。(~~)ハワイといえばスパむすび。スパむすびといえばヒルマ先生。何年前かなぁこの事件・・・。(~~)


このハワイ合宿所 は、日本人ボクサー専用です 。ジム会長、マネジャヤーの許可さえあれば、誰でも利用できます。自炊なら食費は1日10ドル で、かなり豪華に行けますよ。毎日、分厚いステーキで〜す。(~~)

にぎやかになった今回のハワイ。大竹マネジャーも嬉しそう。(~~)つらい事も、楽しい事も、想い出に残るハワイにしてあげたいと考えています。

それにしても「坂田と一緒だぞ」の一言で、こんなにメンバーが集まるとは嬉しいですね。坂田選手の練習、試合を通じて、一途な心、その人間の良さが伝わっているんですね。ビックリしました。

まだ、取れるフライトもありますので参加希望の方はご遠慮なくどうぞ。お問い合わせは、こちらまで。

続く・・・。

地獄の?ハワイキャンプ

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協栄ジムの世界ランカー2人、坂田健史、佐々木基樹両選手が14日からハワイキャンプ入り。大竹マネジャーに聞く「いつ頃からハワイは始まったんですかねぇ」「喜友名達の頃じゃないの」

?

喜友名達の頃とは、1986年日本王者が同時に3人いた頃です。S・フライ級丸尾 忠 、フェザー級杉谷 満 、L・フライ級喜友名朝博の3選手。(下写真左から)

MIZUNOのおそろいの上下で走ってる3人。皆同じではちょっとおかしいですね。(~~)

「丸尾はよく小さいのに似混じってズルやってたなぁ」と小さくなるポーズ。(~~)
ロードワークコースは、カピオラニ公園の周囲を回ってくる単純なコースなんですが、公園内では小さな子供達がサッカーなんかやってます。そうすると、その子達に混じって小さくなって公園を横切って来るわけです。(~~)

たいした度胸と知恵ですね。(~~)後の二人は”真面目”だったから世界戦やれたのかなぁ。(~~)最近でも、ラスト1周帰ってこない選手がいました。心配になって大竹マネジャーが探しに行くと、遠くで目と目がぶつかった。選手はキョロキョロ視線をずらす。(~~)

帰って来ないのは、力尽き歩いていたわけですね。

「どうしたんだ」「ゴールがわからなくなってしまって」「バカヤロー、そんな事あるわけないだろ、同じとこ3周も回ってて何言ってんだ」「いや〜本当にわからなくなってしまって」「もういい、お前はメシ抜きだ」

それでも、しっかり食事時間にはついて来る。「お前、ロードワークの時とスピードが全然違うじゃないか」(頭をペコペコごまかしのポーズ)。(~~)ブッフェスタイルのレストランが多いハワイ。食事を取りに行くのだけは速い同選手。しかも取りに行く回数も多い。ロードワークのペースは一向に上がらず、しまいには坂田選手よりも1時間前のスタート。(~~)

それでも4周走るうちに抜かされる始末。朝なんか誰も待っていてくれない。皆先に帰る。それでも食事の時間になると、一番に来て待ってる。(~~)面白い選手ですねぇ〜。これ作り話ではなく本当の話ですが、恥ずかしくて本名は明かせません。(~~)本人は「クビつろうと思った」と真剣な顔で言ってはいましたが・・・。

他にも「クビつろうと思った」選手はいますね。(~~)送り出したジムでも、ハワイから「○○選手、1日でパンク」とか情報が入ると、大きなどよめきとため息が・・・。「エエッ〜、あの人が1日ですかぁ〜」(~~)

86年この時は日本王者が3人になった事で、先代金平会長が行かせてくれたのだそうです。「でも、世界チャンピオン3人いた事もあったしなぁ〜」

続く・・・。

デビュー3連敗からの脱出

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同級生の中辻啓勝選手と上京した”あわじ”こと矮松(にじりまつ)和明選手。正直いってこれでインターハイ?っていうのが初めて練習を見たときの印象です。何にもない、スタミナない、あっちが痛い、こっちが痛い。「やめた方がいいんじゃないの」(~~)


親友中辻選手は、アマでの成績を考慮されB級6回戦デビュー。アマ30戦、勝率5割くらいの”あわじ”選手は、翌年夏まで白星に恵まれず●△●●(ノ_・。)友達がアッというまに8回へと勝ち上がっていく中、勝てない自分はつらいし、同じプロとして比べてみれば複雑な気持だった事でしょう。


デビュー翌年04年には6戦しています。負けるたびに「何でや・・」と言っては泣いていた”あわじ”選手。えらかった所は、迷う事無く、続けて練習に来ていた事でしょう。こちらも厳しく当たりましたけどね。練習でも”あわじワールド”にはまっているので、何度もミットでジャストミートのカウンター。(~~)こいつが一番多いなぁ。(~~)


大竹マネジャーがただ一つほめる事。”あわじ”は、「試合やるか」と聞いて、断ったことがない。いつも間髪いれず「ハイ」「ほんとにいいのかぁ、無理に言ってんじゃぁないよ」「やらせて下さい」


相手の事は一切聞かない。戦績がどうとか、時間がないとか、一切言わない。1週間前でもやります。最近は戦績がどうとか、調子がどうとか、時間がないとか注文が多いのがたくさんいますからね。(~~)やっぱりいつでも試合やれる体制の練習をしている子は、伸びて来ますね。


卒業から1年4ヶ月を掛けて掴んだ初勝利。次の勝利はピンチ・ヒッターでの勝利。しかもア・ウェイ。白井・具志堅ジムさんの興行でした。同じくアマ出身のホープに判定勝ち。試合に出てくれるだけでも感謝してくれていた具志堅会長。試合後、大竹マネジャーといつものシズラーで シャンパンを飲んでいると、「いいねぇ〜勝利のシャンパンは」と具志堅会長。「いやぁ、負けてましたよ会長」(~~)


プロ入りに際して高校時代の先生が、「矮松の方が伸びるだろう」と言っていたそうです。昨年辺りからその意味がわかってきました。まだまだ結果が出ていませんからこれからですけどね・・・。


この高校時代の先生は有名な先生で、ノンフィクションにも描かれています。”リターン・マッチ”。読まれた方もいるかと思いますが、いい本ですね。勉強になるところが多々あります。ヒルマ先生にもこれ読んでみろと貸したら、本は読まない?ヒルマ先生が全部読んで「すっごく、勉強になりました」と感動していました。

後藤 正治
リターンマッチ

ちなみに”あわじ”、中辻の両選手に「先生の本読んだか。3ページくらいか」と聞くと、即座に「ハイ」。「お前ら先生の本くらい読めよ」(~~)


生徒から「わっきー」と呼ばれる先生。ボクシングの虫です。



5日の後楽園ホールには協栄ジムからもう一人、矮松(にじりまつ)和明選手が出場。この字、読めませんよね。(~~)名前呼ぶのも大変なので、着いたニックネームが”あわじ”。?淡路島出身だからです。


この日はフライ級B級トーナメント1回戦で、溝神実雄(五代)選手と対戦。大勢のお客さんの前で力んだのか、食いすぎ飲みすぎか(~~)、体が重そう。試合前、1発受ければ大体わかりますからね。ごまかせないんだなぁ〜”あわじ”君。

未設定

1、2、3回と前に出る矮松選手ですが、単発。前に出てもくっつけば何もやらず、「何の為に前に出てるの」といった試合ぶり。いつもながら”自分の世界”に入ってます。何を仕掛けるでもなく3回が終了。


「このまま何にもやらなきゃ勝てないよ」「いきなりボディ・ストレート打ったりするんだよ」「オツ、ヒルマ先生、たまにいい事言うねぇ〜」(~~)「久しぶりに聞いたな〜」(~~)


こうやってやわらげつつ、「前に行ったら手を出す、出したら頭振る」「ズーッと続けろ。何の為に練習してきたんだ」「相手は一生懸命じゃないか」「この回とってこいよ」


4回目、やっと少し動きが変わり良くなった。ラストラウンドを前に、「この回全部出して来い」「鳴ったらすぐに行け」「勝ちたいんだろ」

未設定

最終回、最初から最後まで前に出て追い掛け回し、ハッキリとポイント取りました。終了ゴング前の赤コーナー「勝ってもないけど、負けてもないな」「最後ハッキリ取ったから、その分いいんじゃないですか」「最初からやればいいんだよなぁ〜」


「只今の試合のポイントをお知らせ致します」。最初の1人めは「赤コーナーニジリマツ」。2人目は「青コーナーミゾガミ」。「このパターン、向こうなんだよねぇ〜まずいなぁ」(~~)そして、運命の3人目は「赤コーナー・ニジリマツ」。「オッ、パターン変えたんだな」(~~)


試合後、「お前のいいのは返事だけだな」。まさかこの後高吉選手が、同じ事言われるとはこの時点ではわかりません。アッ、1日に試合した白石選手も言われてた 。「お前、返事だけは最高にいいよ」


白石選手に後日確かめたら、誇らしげに「小さい時から返事だけはほめられます」「あんまり自慢にならないよお前。ひょっとしてそれが自慢なんだろ」(~~)


何はともあれ、戦績を7勝4敗2分と伸ばした矮松選手。高校時代インターハイ出場の経験を持ちながら、デビューから3敗1分。試合後はいつも泣いてた「なんでや・・・」。その”あわじ”が7勝目。大竹マネジャーからは「アイツは何もないけど、練習来るから面倒見てやってよ」と、言われてました。


本人にもハッキリ言ってますけど「お前、何にもないんだから」。だからどうするかが練習では大事ですね。しかし、練習でも”自分の世界”のあわじ”君です。昨年は東日本新人王決勝まで行きながら、調子こいてKO負け。自信と過信は紙一重という事も勉強(~~)。今日は練習量で勝った試合。


続く・・・。


新旧"弁慶”&試合後裏中継!

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現代の”弁慶”は亀田大毅選手(下写真)。強心臓もさることながら、熱唱前「親父への誕生日プレゼントや」の一言には感心しました。

昭和40年代の”ベンケイ”。元日本ミドル級王者ベンケイ・藤倉(ヤジマ)選手(故人)も本当に人気があった選手です。アッ、女の子のファンは少なかったでしょうね。やっぱり。(~~)でも、”強心臓”は同じ。

このスタイルで入場するわけです。人気があったばかりにその王座は長くは続きません。毎月TVファイトしてた時期もあったようで、何しろ当時は、毎日どこかのテレビ局でゴールデンタイムにボクシング放映があった。今では信じがたいですが・・・。

さて、セミファイナル8回戦に出場の高吉選手。1ポイント失っただけの大差判定勝ちでしたが、試合後はボロクソ。「お前がいいのは返事だけだな」「ハイ」「またハイっていってるよ」「返事はもういいよ」「いい試合してたらハワイキャンプいけたのになぁ」「アッ、こいつハワイきらいだから(つらくて)(~~)こんな試合したんだろう」「何だそうかよ」(~~)下写真は試合後の高吉選手。ボロクソ言われても、やっぱり勝つのは嬉しいもんです。「笑ってんじゃないよ」(~~)「全然反省しとらんな」(~~)

試合後は、いつもの”シズラー ”へ。このお店、ボクシング選手の祝勝会(残念会)によく使われています。白井・具志堅ジム、渡嘉敷ジムもいつもここ。OPBFタイトルマッチで両ジムが激突した時もここで鉢合わせ。(~~)たまたまいあわせてしまった、こちらの方が気を使ってしまった。(~~)

東京ドームホテル2F。03−5840−7331。サラダバーが充実、カレーも美味しい。アイス・ティーは飲み放題。サービスも良い、きれいなお店です。★画像をクリック。

祝勝会でも同じ調子、「社長の胃を悪くしてやろうと思ってんだろ」「・・・いえ」さすがにハイとは言えませんよね。「社長、かわりにハワイで走んなきゃダメだな」「そりゃ、いい」高吉選手の勤務先(有)ケーテックの小林社長は、年に3回くらい(~~)ジムへ来る練習生。写真左、彼女募集中です。(~~)トランクス、シューズのみならず、高吉うちわまで作ってしまいました。

写真中央は吉川雄一郎元選手(現場の電気屋さん)。坂田健史選手と同級生で、私がやっていた現場へバイトに来た坂田選手に、仕事を教えた事?と、結婚式で坂田選手に受付をやらせた(~~)してもらったことが”自慢話”。試合の事とかは無いなぁ〜。(~~)右は同じく電気屋の菊池さん。いつも応援に来てくれます。すっかりボクシングを見る目が出来てきた。(~~)

続く・・・。

弁慶・亀田大毅プロ第4戦!

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「耳が痛い!」リングサイドで観戦したボクシング関係者の第一声。観衆2,300人。チケットは完売。開場前からホール階段は長蛇の列、グッズ売り場はまるでバーゲンセール会場。いつものボクシング興行とはまるで雰囲気の違う後楽園ホールでした。

その観衆の大半は、”弁慶”大毅選手見たさ。前座試合ではおとなしかったファンも、メインが始まると耳をつんざく大声援。中には「お父さん、こっち向いてぇ〜」(~~)試合後の熱唱では、曲に合わせてペンライトが揺れた。

試合は、予告通りの5回KO勝ち。試合開始早々からプレッシャーをかけ続け、前進また前進。左フック上から下へのボディが強い、そして右をかぶせる。2回の左ボディは効いた。3回にはスピードあるコンビネーション連発。4回終了時には戦意喪失の、ヨッピー・ベヌー。前インドネシア王者(現1位)24勝(7KO)5敗3分。

5回目開始ゴングで赤コーナーから突進してきた”弁慶”の前に、ベヌーはパンチも当たっていないのにダウン。立ちましたが、ニュートラルコーナーから再び走って襲い掛かる”弁慶”を前に、自らひざまずき両手を前に合わせ許してくださいのポーズ。この5回はおまけで、4回で終わっていた試合でした。

これだけのお客さんの前で試合が出来る選手達は幸せです。自分をアピールする絶好のチャンスでもあるのですが・・・。

セミの8回戦に出場は、日本バンタム級8位高吉勝之選手。文句の無い判定勝ちでしたが、課題もたくさん。前半は、「欲を出さず、ジャブをしっかり当てろ」「ハイ」「いいカッコしようと思うなよ」「ハイ」でも左が大きい。「狙ってるなアイツ」わかっちゃうようじゃあダメだなぁ。狙うのは。応援団の方どうでしたか?

インターハイ王者から社会人王者(自衛隊)を経てプロ入り、6連勝中(2KO)の高吉選手。「突っ立って見てるだけじゃダメだよ。フェイントかけたり、下打ったりいろいろやれるだろ」「ハイ」「ガードの上からでも打つんだよ」「ハイ」「打ちながら空いてるとこ探すんだ」「ハイ」

7回くらいになると試合を見ながら少し雑談(~~)「アイツ返事だけはいいんだよなぁ」「今日いいの返事だけかよ」「会長怒ってる、まずいよアイツ」「そこでフェイント入れたりするんだよ高吉」「オッ、ヒルマ先生たまにいい事言うねぇ〜」「もうしばらくないな」(~~)

6、7、8回と接近しての右フック、左ボディアッパーがよく決まる。効いている。これはずっと教えて練習してきたパンチ。しかし、また自分から離れる。「?」
あとの攻めの組み立ては、リング上のその場で行われることなので、選手本人が考えて実行に移さなければどうにもならないですね。

これ当たったら、あれ打って、そしたらこうしてあれをやる。何て長々としたアドバイスは、あの場では必要なし。誰も出来ないし、相手がいる以上そんなにうまく事は運ばない。普段の練習からの頭の使い方が大事です。

あれ当てて何もやらないんじゃ仕方なし。こいつ何考えてやってんのか、見させてもらう他ありません。そんなわけで、ちょっとの間雑談でした。(~~)この心、わかってくれるかなぁ〜高吉君。

続く・・・。
今日は4月に2週間のハワイ合宿に参加した、円谷英一(ジャパンS)選手(写真)の感想文をご紹介。3月31日到着日はもの凄い雨、ハワイは天候不順で約1ヶ月以上毎日”雨”続き。記録的な”雨”だったそうで。しかしこの日が最後、運がよかった。

今回のハワイ合宿はとにかく辛く大変でした。まず海外に行く事も初めてだったので、行くまでも大変でした。ハワイにやっと着いたと思ったら”大雨”で、これから2週間大丈夫だろうかと思いました。着いた日はジムワークのみでしたが、軽めといいつつかなりきつかった。

2日目の朝、同じ部屋のりょう(笛木 亮 )さんのイビキと寝言がひどく、寝不足気味。ハワイでの最初のロードワークは、ジムからアラモアナ公園を2周しての往復8キロのコースでした。途中道を間違えながらも、なんとかジムにたどり着きました。

ジムでは金元さんが朝食を作って待っていてくれましたが、バテて食欲なし。朝食後はバスでアラモアナ・ビーチへ。午後の練習にそなえ昼寝。これは大体毎日です。

2日目の練習は、シャドウ、ミット、壁打ち、人型サンドバック、腹筋等で基本的にこれがハワイでの練習メニューで徐々に量が増えていく感じでした。腹筋はかなりきつく、最初は10回3セットやるのもきつく、連続ではとても出来ませんでした。

ロードワークは、4日目からアラモアナ・ビーチの砂浜3往復16キロ。砂浜は走りにくく最初はかなり大変でしたが、後半は普通に走れるようになりました。

スパーは2回。パートナーは、”イラク戦争帰りのネイビー”・クリスとハワイの”アマ・王者”・ランスが務めてくれました。なんとか、パンチをもらわず逃げ切る事ができました。

練習はスタンレー・イトウ先生が見てくれました。イトウ先生は少し見ただけで的確な指示をくれました。とても凄い人でした。イトウ先生にはプライム・リブや焼肉をご馳走になりとてもお世話になりました。

1日休日がありましたが、その日はダイヤモンド・ヘッドへ登りかなり疲れる。毎日早く日本へ帰りたいと思うくらい練習は辛かったです。ただそのお陰で、初の8回戦を判定で勝つことが出来ました。

ハワイでお世話になったイトウ先生はじめ、ランス、クリス、毎日ジムに顔を出してくださった皆さんに、感謝の気持で一杯です。そして日本出発からお世話になった金元さんにも感謝しています。今度は、ハワイで試合をしたいと思います。

以上、円谷選手の感想でした。”伝説のトレーナー”スタンレー・イトウ先生の指導も受けられるハワイ合宿所”STANLEY HAWAII INN" では、6月中旬からの合宿生を募集中です。お気軽にお問い合わせ下さい。 6月は、ハワイへの航空券も安く日本の雨も避けられます。短期でもOK、最高3ヶ月まで滞在可能。滞在費も考えている以上に安い。”お土産”代は別ですが。(~~)
昨夜、大竹マネジャーが上原さんに電話入れてくれました。怒られる前に、美穂夫人に謝りました。(~~)ご夫妻でとても喜んでくださり、康恒さんからは「ありがとうね」

写真は、世界王者になった直後の上原さんとのスナップ。食事なんか行くと4人が8人、8人が15人と、どんどん仲間が増えていってました。(~~)

坂田選手も亀田選手の世界戦が決まり、結果はわからないけれども上原さんと通ずる状態にあることを説明しました。ウンウンと話を聞いてくれた先輩は、「坂田君に頑張るように言って」「チャンスは来るから」

上原さんからの言葉は重いですね。人様がとやかく言うことは勝手に出来ますが、耐えてやり遂げた人ですから、簡単な言葉にもその想いが伝わってきます。

「坂田は優しいから康恒さんに似てるんだなぁ」と、大竹マネジャー。私も同感です。今度、上原さんのお話を坂田選手に直接聞かせたいと考えています。

上原さんはスタンレー・イトウ先生 の下、ハワイでプロデビューしましたが、以来ずっとイトウ先生を慕い、昨年も大勢の仲間と共にハワイのイトウ先生を表敬訪問されています。

イトウ先生が名護明彦(全日本P)選手のセコンドを務めた、再起第1戦のトーンジャルン戦。1ラウンドめ、まさかのダウンを喫した名護選手コーナーに、真っ先に飛んできて、必死にアドバイス送ってくれたのが上原さんでした。

坂田選手は今年1月、2週間に渡りハワイ合宿でイトウ先生の指導を受けました。 遡ると、初めて日本タイトルを獲得した コーナーには、イトウ先生の姿もありました。

時代を越えて二人の選手は、イトウ先生の指導を受けた兄弟弟子。これも何かの縁でしょうか。

坂田選手、世界のベルトを掴む為にも、”兄弟子”上原さんのお話を聞かせて頂いて勉強しましょう。写真は、上原選手が手にした世界チャンピオンベルト。
先輩、宜しくお願いします!
「またやってしまった」白石選手の試合後の第一声です。6月1日後楽園ホールで行われた、東日本新人王予選フライ級4回戦に出場の白石豊土(協栄)選手は、今年4回目のホール登場。しかし、またやってしまったのです。

前戦ではダウンを奪ったインターバルで”どやされた”白石選手。 今日の対戦相手、芦田宗孝(P堀口)選手の怖かった所は、9戦のキャリアと”今日に賭ける気持”、そしてジャッジ(~~)。最初の1分が過ぎた頃、「もう行けよ。何も無いよ」大竹マネジャー。

1回、2回と相変わらず手数が少ない。ヒット数で上回り、パンチも貰ってはいない。が、進歩なし。「今日も同じか」「なーにやってんのかな」「怖いんだろ」「しょうがないなぁ」

2回目終了後のインターバル。「もっと手を出せよ」「相手、一生懸命だよ」「こんなんじゃポイントわからないぞ」

3回から手数が増え、ラストラウンドも後1発という場面が何度もありましたが、その度に力が入った大きなパンチに。その分だけ、ちょうど距離が遠くなり当たらない。ほんの少しですけどね・・・。

試合は芦田選手の頑張りで判定へ。40−36、珍しくジャッジ3人が同じスコアで白石選手の判定勝ち。今年4勝めとなりました。しかも、試合翌日から練習にやって来る。「その分試合でして無いから、ちょうどいいよ」は、大竹マネジャー。「自分でわかるだろ。上行きたかったら、自分でやらないと」「舐めてたら、今度は痛い目に会うよ」

これからは、試合というキャリアを積む中で覚える事、本番でホントの勉強する事と、せっかく練習した事を試合で出せる”気持”の訓練が大事。ただ試合すればキャリアってものじゃないですからね。

白石選手の応援団、コーナーが言ってる事をそのまま野次ってくれたのは、頭が良くて関心でした。仲間の意見も聞いて勉強して下さい。(~~)

今度は7月5日、ホール登場です。勝ち上がっていけば今年の年間最多勝候補でしょうね白石選手。一皮向ける前にやられるか、その内少しは変身するか、どっちかなぁ〜。いい奴だし、いいもの、面白いものを持っているのも確かですが、それだけではね・・・。

なにはともあれこれで、札幌でのデビュー戦を引き分けて以来5連勝(1KO)。応援団の皆さん、毎月でチケット大変でしょうが、今後も応援宜しくお願い致します。坂田選手も、本番でキャリア積みながら成長していきました。今でもそれは変わりありません。「何のために坂田とスパーさせてると思ってんだ」

白石選手の今後をお楽しみに。アッ、前の試合で反省して坊主になっちゃったから、今度はどうするのかな。ジムで会うのが楽しみだ・・・。ご報告します。

上原康恒Ⅱ・協栄15

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「会長(先代)が康恒君って言ってるのに、こらぁ〜康恒だからね」(~~)「そしたら倒しちゃうんだから、美穂さんは凄いよ」(~~)「ホント凄い。一人で来ちゃうんだから」(マジ)当時の横井清人ビジネス・マネジャーが感心していました。

賭け率8−2の不利。相手は、あのベン・ビラフロアから世界タイトルを奪い、 約4年間で10度防衛中の安定王者サムエル・セラノ(プエルトリコ)。

KOタイム6回2分59秒。右フック一発。このKOタイムも運命的な時間のような気がします。「いやぁ〜当ちゃたよ」いかにも上原さんらしい表現です。

ビラフロアに無残な2回KO負けしてから6年目の宿願達成。当日、夕方のNTVのニュース見て喜ぶより先に、ビックリしました。次の日ジムでは、残っていた先生方も「良かった。良かった」「いやぁ〜康恒良かったよ」(~~)上原さんの心情を、皆感じていたのでしょうね。やっぱり人柄ですか・・・。

仇敵ビラフロアを破り王者に君臨していたセラノ。タイトルを追いかけるうちに30才となってしまっていた挑戦者。執念というか、運命の一発でした。あきらめちゃいけない。

「あの一発で人生が変わったよ」しみじみと語っていた上原さん。「今日、家を買ってきたよ」「?」「マンション、気に入ったから買っちゃった」

指名挑戦だった為にオプション無し。初防衛戦から4,500万円の破格のファイトマネー。先代会長も気前良かった。

現在は悠々自適、軽井沢にお住まいです。上原さんが経営する”YMテニスガーデン”のH・Pはこちらです 。皆さんも、遊びに行かれてみてはいかがですか。とってもいい所ですよ。

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