亀田問題・譲渡契約・バズソー山辺の場合

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東日本プロボクシング協会理事会は、亀田兄弟の協会預かりを見送った。これまで、所属するジムがトラブルに陥った選手を救う為に一時的な協会預かりはあったが、自らの都合でお願いするケースは初めてである。

亀田兄弟に逆風、東日本協会仮所属見送り(日刊スポーツ)

ジムと対立して離脱した選手を所属扱いしたことはない。前例をつくればジム制度の崩壊につながる。

確かにその通りで、ジムに不満を持つ選手が多数協会に駆け込むような事態に陥っては、日本のプロボクシング制度そのものが問われる事になる。

ヘビー級選手として将来を嘱望された西島洋介山選手。私もある筋から依頼を受けて、西島選手サイドと何度も話し合いを持った。他の有力ジムからも円満移籍の話はあったようだ。

しかし、西島選手はコミッションに退職届を提出し米国へ渡る。西島選手はお世話になったのは事実と、オサムジムへの筋は通した。潔かった。凄い条件だったんですけどねェ。(~~)



昭和48年5月、ハワイリングでデビューしたバズソー山辺選手が帰国第1戦を後楽園ホールで行い、日本ライト級5位村上広行(極東)選手相手に、2ラウンド豪快なKO勝ち。

”明日のジョー”そっくりな生い立ちと、そのクレージーなバズソー戦法で時代の寵児となったバズソー山辺選手は、元田辺ジム練習生。日本でライセンス取得する前にハワイに渡った。このハワイ行きは、田辺ジムトレーナーであった川端光男氏も一緒だった。

これが、後に日本のクラブ制度と相反する大きな問題となる。

川端氏はマンツーマンで山辺選手を育てた。しかし、ハワイでプロデビューするに当たり、川端氏では山辺選手のマネジャーライセンスは降りない。変わってローレンス・イチノセ氏が山辺選手のマネジャーとして登録された。

日本で試合をする場合の所属は船橋ジムと決まった。これは、昭和48年4月13日から昭和51年4月12日までの3年間の譲渡契約(レンタル)がイチノセ氏と船橋ジムの間で結ばれたものである。



ここまでは良かった。が、問題となったのは日本での川端氏の身分。ライセンスである。選手、練習生数人が川端氏と共にハワイに渡ってしまった。こんな事をされてはたまらない。協会からコミッションへ川端氏のライセンス凍結と、今後の再発行不承認が申請される。

コミッションはこれを受理。これは道理である。田辺ジムの了解なく、ライセンスは降りない。いわば干された川端氏。

しかし、川端氏を信頼する山辺選手。絆は強い。



山辺選手は帰国第2戦目で日本ライト級王者高山将孝(P堀口)選手を降し、早くも日本王者へとのし上がった。人気もうなぎのぼり。怖い者なしである。親を思う子の心情で山辺選手は川端氏へのマネジャーライセンス発給を要請する。

「ダメなら試合はやらない」

伝家の宝刀だ。事実、山辺選手は試合をキャンセルする事数度。そして、タイトル返上宣言。

ボクシング界のスターを日本リングから抹殺してなるものかと、煮を費やしたコミッションの菊池弘泰事務局長が奔走する。有力者を通じての田辺ジム説得。

ボクシング界を救う為。大義を前にサスペンドは解かれる。船橋ジム石川昭二会長も良識があった。川端氏のポジションを認め、金銭面も含めそれなりに遇している。

だが、マスコミへ川端氏のマネジャー宣言が飛び出してしまう。山辺は船橋ジム所属ではなくフリーだとも言う。船橋ジム石川会長の面子は丸つぶれである。

業界の良識派が、何とか仲を取り持ち高山選手とのリマッチを実現させたが、山辺選手は敗れる。

「もう試合の事はどうでも良かった」

「日本ではもうやらない。ハワイへ帰る」

その後、山辺選手は2度奈良のリングで世界王座に挑戦する事になるのだが・・・。

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亀田問題。選手からの事情聴取も大事だが、その背後には彼らの権利を持つ亀田プロモーション代表・亀田史郎氏がいる。実父でもあり、この人のポジションを見逃すわけにはいくまい。

一日も早く、興毅選手には国内で試合をさせてやりたいが、問題はここ。日本の制度そのものへの挑戦もあるような気がするは、私だけではないように思うが・・・。

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このページは、BOXINGNAVIが2008年5月13日 11:55に書いたブログ記事です。

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