2009年10月アーカイブ

東京・新中野・スナック21(ドンピン)。生涯一ボクシングトレーナーとして生きた、故エディ・タウンゼント 氏を陰から支えた、奥様百合子・タウンゼント氏が経営されている。昨夜、大竹マネジャーと共に、お店を訪問。

「開いたよ、開いた」(~~)

「何よ一体。どっかで見た顔だと思ったけど、ビックリしちゃったわよ!」(~~)

「相変わらずお元気そうで」(~~)



「世界との差は、こんなにちっちゃいのヨ」。エディさんが迎え入れてくれるスナック21。

「今年もエディ賞 の季節ですね」

「もう何年?20年?」

「今年は誰になるのかしらねェ」

エディ・タウンゼント賞 。当該年度に活躍した、もしくは長く縁の下の力持ちとしてボクシング界に貢献したトレーナーが受賞の対象となる。

「アマ、プロ問わないんですよね」

「そうなのよ。ちゃんとそういう規約になってますよ」

「そろそろアマから受賞者が出てもいいですよね」

「そうだわよねェ」

「沖縄の金城監督なんか、凄い功労者だと思います」

具志堅用高選手をはじめ、沖縄から多くの素晴らしい選手を排出されて来た金城真吉氏。

「でも、なんか寂しいわねェ〜。いなくなっちゃた人もいるし」

鬼籍に入られた方。ボクシング界から遠ざかってしまった方もいる。

「松本(清司)さんも若かったしねェ。よく、ここへも来てくれたのよ」



ボクシング談義に話が咲く。

協栄ジムの第1号王者海老原博幸選手は、世界挑戦を控え無念の引退をされた田辺 清 選手に変わって世界挑戦をする事になった。昭和42年(1967年)8月の事である。金平正紀会長はアルゼンチンで世界に挑む事になった愛弟子海老原選手の為に、タウンゼント氏にコーチを依頼する。

涙の世界王座奪還。ケガで動かぬ左肩をかばいながら戦ったラストファイト。

「エディさん、タオルだけは投げないでね」

タオルを握りしめながら長い15ラウンドを終えた時、タウンゼント氏は「ごくろうさん」と声をかけ、海老原選手を抱きしめた。海老原選手の頬に涙が伝う。

「会長、ごめんね」

タウンゼント氏の涙は止まらなかったという。

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「海老原さんの名前も親父の石碑の裏にちゃんと入っているのよ」

「奥さんどうされてるのかしら」

「エッ、すぐ連絡つきますよ」

「本当。話したいわねェ」

早速電話がつながる。うれしそうである。(~~)

「いや〜、よかった。今度一緒に会いに行きましょう」

アッというまに話はまとまった。(~~)

「うちの親父も後楽園でスパーなんかやったのよ。そう、笹崎さんと」

「それ、この間取り上げたばかりです」

「それでその時のパンフレット持ってられる方がいて、アッ、これで見れますよ」

小さな携帯画面をくいいるように見つめる。

「懐かしいわねェ」

”第1回チャンピオンカーニバル”(愛すべくすべてのボクサー達へ)

「あんた達も刺されちゃったのよ!親父と同じね」(~~)


オーケー!ボーイ―エディさんからの伝言/高橋 和幸
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20回目を迎えるエディ・タウンゼント賞。どなたでも推薦できます。エディ賞にふさわしいと思う候補者の名前(アマ・プロ問わず)と、その推薦理由をハガキ1点につき1件明記の上、下記の宛先まで送って下さい。

〒164−0012
東京都中野区本町4−48−17 新中野駅上プラザ805号内「エディタウンゼントを偲ぶ会」

締め切りは12月20日到着分まで有効。 寄せられたハガキの中から抽選で20名様に記念品が贈呈される。ふるってご推薦下さい。

「この中にエディさんが使ってたハサミがあったんだけど、隆(白井・具志堅ジム中村先生)が持ってちゃったのよ」(~~)

「あ〜、そりゃまずいすぐに返してもらいましょう」(~~)

「先生、大事なものですから、それにふさわしい人が持ってないといけないって事になりまして・・・」(~~)

「お前にそんな事言われたくないね」(~~)

「先生も早くエディ賞貰って下さいよ!」(~~)

話は尽きない。大笑いであります。(~~)

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1974年(昭和49年)10月30日。アフリカ大陸ザイール共和国の首都キンシャサ。『5月20日・サッカー・スタジアム』。午前4時。世界ヘビー級1位モハマッド・アリ(米)は、無敵の世界ヘビー級王者ジョージ・フォアマン(米)を倒した。


「モハマッド・アリィ〜が勝ちました!・・・」


40戦全勝37KO勝ち。1973年1月、アリが敗れていたジョー・フレージャー(米)を軽く2回で粉砕し、世界ヘビー級王座に駆け上がったメキシコオリンピック金メダリスト。ジョージ・フォアマン。9月の初防衛戦は、東京のリングでジョー・キング・ローマン(米)を初回KO。怪物の強さをまざまざと見せ付けた。


笑わない。その不適な表情は見る者を恐れさせた。74年3月、2度目の防衛戦では、アリのアゴを砕いた男ケン・ノートン(米)を問題とせず2回でノックアウト。3人目の挑戦者アリに勝ち目はないと見られたのは当然である。


世界中の専門家100人のうち99人は自信を持ってアリのKO負けを予想した。


「足を使わなければ負ける」


「ロープを背にしては勝てない」


脂の乗り切った26歳のチャンピオンに対し、32歳の挑戦者が世界王座に就いたのはもう10年も前になる。徴兵拒否で作った3年間のブランクは、取り返せないとされていた。


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賭け率1−8。「殺されなければ幸運」とまで言われた世界ヘビー級王者ソニー・リストン(米)への挑戦。蝶のように舞い、蜂のように刺したアリは、世界中をアッといわせてみせた。「俺は人が不可能と言うことを可能にして今日の名声を築き上げたんだ。俺はミラクルメーカーだ」。


フォアマン戦の賭け率は5−2でフォアマン有利。リストン戦ほどではない。いかにリストン戦での勝利が番狂わせかがわかるが、今のアリに多くは望めない。「判定に持ち込むだけでも奇跡」。生きた伝説はもう終わったと見られていた。


ファイトマネーは双方500万ドル(15億円)。勝者に贈られるチャンピオンベルトは、15万ドル(4500万円)。会場には10万席が用意されるという。ザイールが国をあげて挑む一大イベント。


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当初9月25日に予定されていたこの試合は、試合10日前の練習中にフォアマンが右目上をカットし、延期されていた。共同プロモーターの一人ドン・キングも大きな被害を蒙った。その額は100万ドル(3億円)ともいわれる。世界75ヶ国10億人がTV観戦すると見積もられるスポーツ史上最高のビッグ・イベント。


フォアマンの負傷により、アリのジャブが新しい傷口を裂けば奇跡が起こる。アリの勝利を信じたい輩にとっては、意気あがる出来事であった。しかし、傷という弱みにしか勝利を結び付けられなかったのも事実である。


「アリはファンを自分の相手と敵対されるように仕向けるだろう」


「これはリング上の相手にとって、とてつもない圧力になる」


メキシコオリンピックで金メダル獲得。その後のリング上で星条旗をかざしたフォアマン。徴兵拒否のアリ。同じ黒人なのだが、ザイールの人々は、アリの熱狂的信者と化した。


「アリ・ブーム・マ・ヤ!!(アリ、ヤツを殺しちまえ!!)」

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午前4時。観衆6万人。5月20日スタジアムは、「アリ・ブーム・マ・ヤ!!」の大合唱。


「俺に、家でも何でも賭けてくれ!」


挑戦者は高らかに8ラウンドKO宣言。


試合開始。アリは動かない。勝利への生命線といわれた自慢のフットワークを使わない。それどころか、「ロープを背にしたら勝ち目はない」と言われていたのを無視するかのように、ロープを背にフォアマンに打たしている。顔面はしっかりカバーされているが、フォアマンの重いパンチがボディにめり込む。


”頭が死ねば胴体も死ぬ”。これはアリの持論である。


カバーの隙間から、時折鋭いショートストレートを打ち込むアリ。タイミングを計って放たれるブローは、徐々に命中率がよくなる。5回。疲れの見えるフォアマンだが、強烈な左フックがありのアゴ先をかすめると挑戦者はグラついた。ここぞとばかりに襲い掛かるチャンピオン。


ピンチを脱したアリは、得意のワン・ツーを炸裂させ形成を逆転させる。フォアマンはこれまでダウンオ経験がない。フレージャーの左フックをもらってもケロリとしていたものだ。6回、7回と試合はアリのペースになって来た。


運命の8回。アリは相変わらずロープを背に戦う。パンチを打ち込むフォアマンだが、その威力はやや色あせてきたか。確かに疲れた。そして、その時はやって来た。誰も予期せぬ突然に。


ロープ際から脱出したアリのワン・ツーが、やりのように鋭くフォアマンを打ち抜く。ヨロヨロと後退したチャンピオンは、あっ気なくキャンバスに崩れ落ちた。


「フォアマンが倒れた。信じられません!」

ボクシングヘビー級最強伝説―世界を制覇した男たち
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中学生の私はこの試合を見る為に、授業が終わると即効で家に帰った。放課後の合唱祭の練習をすっぽかして。

「クラスの和とボクシング、どっちが大事なんだ」


「帰ります」(~~)


答えは明白である。クラスの和などに興味はなかった。


アリが叫ぶ。


「お前らを負かした!”絶対俺が勝つ”と言ったのに、だれも聞きやしなかった!」


8回2分58秒。またしても伝説を作り上げた大衆のヒーロー・アリ。


「実力の50%も出なかった」


力なく敗者はつぶやいた。並みのボクサーへと転落したフォアマンは、失意のうちに一時引退。だが、宣教師となって再びリング復帰。世界ヘビー級王座復帰を果たす。


キンシャサノキセキ っていう馬いるんだよなァ。シャイアンから聞いたよ」(~~)

「そりゃまた凄いですねェ」(~~)


「アリって凄いな」



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「ナイスファイト!」

試合後開口一番、具志堅用高会長が声をかけてくれた。大変満足そうな表情である。

28日後楽園ホール。昨年度の全日本新人王MVP9戦全勝(6KO)の斉藤 司 (三谷大和)選手に、協栄ジムの杉浦充訓(28)選手が挑んだ。この日まで6勝(4KO)7敗2分の戦績。02年1月デビュー。21歳の初陣は初回僅か13秒でストップされた。

「ヤバイなァ。もうちょっとで歴史に名前が残っちゃうところだったな」(~~)

2戦目は引き分けるも、3戦目また黒星。「沖縄も行ったんですよね」。4戦目の沖縄遠征は、石垣 栄 (平仲BS)選手に40秒で倒された。デビューから初白星まで1年半。途中3年半のブランクを乗り越え、ようやくA級ボクサーの仲間入りを果たした。だが、6月の前戦はKO負け。

「大竹さん、なに移籍したの?」。「・・・・」(~~)

試合パンフレットには、杉浦充訓(ヨネクラ)の表記。「やっぱり舐められてるな」(~~)

「向こうは去年の今頃まだ4回戦だぞ。お前、キャリアあるんだから」

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初回試合開始早々から鋭いジャブを打ち込んでくる斉藤選手。高いガードで顔面は覆われている。「一緒だよ、一緒!」。黙って下がることなく、ジャブを併せ打つ。あそこで下がれば試合の終わりは早かったろう。

幼少期から不遇な生活を強いられていたという19歳のホープは、それでも前に出てシャープなコンビネーションを打ち込む。しかし、杉浦選手もすぐさま打ち返す。ボディがいい。斉藤選手の顔面はガードが固い。

「腹だよ腹。左の腹、強いの!」

やる気を見せてくれた杉浦選手の立ち上がりを見て、大竹マネジャーも力が入る。チーフの新井先生に耳打ちする。

「向こう計量でパンツ脱いでギリギリだ。腹打たして腹!」

初回、2回といい立ち上がり。

「いいぞ杉浦。今日は8回戦なんだから。必ずチャンス来るから、体起こさないで、このままやって来い。いいか、腹打っとけよ!」

3回。斉藤選手がさらに出て来た。プレスを強める。それでも応戦する杉浦選手だが、斉藤選手の攻撃力が上回り始めた。しかし、決して守勢一方にはなっていない。よく打ち返していた。

斉藤選手のトランクスのお尻には”六興電気(株)”。元電気屋としては懐かしい名前である。現場やってれば体力はあるかな。だが、今日のボディ周りは、ゆるそうに見える。


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鼻血を出し後退する場面も多くなった杉浦選手。しかし、打ち返す事はやめない。「一緒」の気持ちはまだ残っている。そして迎えた6回も残り僅かというところで杉浦選手の左フックがカウンターでヒット。大きく腰を落とした斉藤選手。効いている。場内騒然。千歳一隅のチャンスに追い打ちの杉浦選手。続くパンチもヒットし、これはと思わせたが、ア〜ここで終了ゴング。

「いいぞ杉浦。惜しかったなァ。次、出るんだぞ!」

「ちょっと上げて下さい」

インスペクターの指示によりドクターがコーナーに上がって来た。鼻血は出てるが、ダウンに近いダメージングパンチを当てたばかりだ。選手の意識を確認する為の質問が飛ぶ。全てに明確に答える杉浦選手。

この間、一人のセコンド行為は妨げられる。少し前、静岡の試合のセコンドは二人。後楽園ホールとは違い、うがい等やりにくい地方リング。上がりやすい方からリングへ上ったへドクターからは、「どいてください」。この間コーナーの仕事は妨げられる。これは公平さを欠く行為であると思う。セコンドには重要な役割がある。セコンドの仕事が妨げられてはいけない。

ラスベガスなどのリングでは、リングに上がるドクターはリングエプロンでセコンドの外から選手の様子を伺っている。必要に応じて選手に接近する場合でも、セコンドの仕事は邪魔せずにドクターはドクターの仕事をされている。

「ティファナなんか、コーナーポストの上から見てたよ。もうずいぶん前の事だけどね」

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7回。斉藤選手にはまだダメージが感じられた。打って出た杉浦選手であるが、追い切れない。ちょっと疲れたか。斉藤選手も打って来るが、深追いはなくなった。

「これわかんないよ。面白くなって来た。頑張るねェ〜」

リングサイド席からの声が聞こえる。

最終回。杉浦選手は疲れた。それでも最後まで死力を尽くして戦った。試合終了ゴング。コーナーに帰って来た杉浦選手に、大竹マネジャーが声をかける。

「よくやった。よくがんばったなァ、杉浦。今までで一番いい試合だったぞ!」

79−74が2者。80−72が2者でポイントの上では文句ない斉藤選手の勝利であるが、具志堅会長の「ナイスファイト」の言葉にうそはない。

「それにしても80はなァ」(~~)

「6回も向こうじゃ、ちょっとなァ」

加点法の時代であったら0点。

「こんなに一生懸命戦ったのに、ゼロとは何事だ」の時代ではないが、最近の採点結果では、「トータル的にラウンドを支配していても、一発のダウンに近いいいパンチが入ると、そちらへポイントが流れる傾向がある」。と、ジョー小泉氏も解説されていますよね。(~~)

ポイント的には完敗。だが、大きな収穫もあった。「ランカークラスの力がわかりました」。「こんなものか」がよい方向へいけばまだ伸び代はある。だが、簡単に考えるとこれで終わる。

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「大竹さん、ありがとうございました。一発いいのもらって効いちゃいました」(~~)

試合後すぐさま三谷会長が挨拶に来られた。

「偉いねェ。ああいう会長少ないよ。だから選手出るんだろうな」

これで10戦全勝(6KO)の斉藤選手は、まだ19歳。三谷会長の指導の下、これからの活躍が楽しみです。

6勝(4KO)8敗2分となってしまった杉浦選手だが、具志堅先輩から頂いた「ナイスファイト」の言葉をを思い出し、今後の戦いに活かしてほしい。負越し選手も、噛まれるつもりは全くなかった。戦う心大事です。好ファイトでした。

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1978年(昭和53年)10月28日(現地時間)。プエルトリコ・サンファンで開催された軽量級怪物対決。55戦全勝53KO勝ちのWBC世界バンタム級王者カルロス・サラテ(メキシコ)が、WBC世界Sバンタム級王者ウィルフレッド・ゴメス(プエルトリコ)に挑戦。

バンタム級王座を8度KOで防衛しているサラテ。デビュー戦こそ引き分けたものの以後25連続KO勝利をあげているゴメス。こちらも5連続KO防衛中だ。予想はサラテやや有利。サラテ172cm、ゴメス165cmの身長差分だけ挑戦者優位と見られていた。

パーフェクトボクサー・サラテのボクシングはまさに教科書。26歳のメキシカンは新たな歴史を作る。私もそう感じていた。


ウィルフレッド・ゴメス。

この年1月19日、北九州市のリングでロイヤル小林(国際)選手を、3回素晴らしい左フックカウンターでキャンバスへ沈めたゴメス。その一撃は芸術的であったが、まだ何かスキがありそうな感じも残した。小林選手は、一発の威力ではゴメスを上回るとされ、大いに期待をかけられていたものでした。

朝の計量で挑戦者は2ポンド半オーバー。2時間半かけて1キロ余りをそぎ落とした。後からひどい発熱状態にあったとも聞いた。しかし、クーヨ・エルナンデス・マネジャーとの不仲説。練習不足、アルコールに溺れている等、よくない噂がバンタム級王者を取り巻いていた。

21歳の王者は1ポンドアンダーでパス。地元の試合とあって大張り切り。17万5千ドル(約3千4百万円)のファイトマネーも王者をやる気にさせた。

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最近、この試合の模様を見る機会に恵まれた。とみぃ・は〜んず さんありがとうございます。さすがにこれは好ファイト。挑戦者のコンディション云々が伝えられているが、伸び盛り21歳のチャンピオンの動きのよさが目立った。

「サラテとゴメス知ってるか?」

「知りません。誰ですかそれ?強いんですか?」

「なんだよ全然知らないの。ホントかよ〜」

もう31年も前のスーパーファイト。現代のボクサーが知らないのも無理はない。ただ、その戦歴を聞いた時の驚きようは面白い。

        

左で距離を取るサラテ。ファイターゴメスは、さして高くないガードで前に出る。少しでも接近しようものなら、挑戦者は両グローブをしっかり上げ固いブロック。ゴメスの強打を十分に警戒している。

4回、王者の右ストレートで挑戦者はダウン。立ち上がったサラテを猛攻のゴメス。再びダウンのバンタム級王者。大観衆の声援で、レフェリーにゴングが聞こえなかったのはサラテには不運。

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「レフェリーがちゃんと止めなかったのが応えた」

5回。プエルトリカンはメキシコのアイドルに襲い掛かる。強烈な左フックで三度キャンバスへ崩れたサラテ。コーナーからタオルが投げ込まれたが、レフェリーハリー・ギッブス(英)はこれを無視。8カウントを数えた後、挑戦者の目を覗き込み、44秒ゴメスのノックアウト勝ちを宣言した。

 

バンタム級王座は保持したままだが、無敵サラテは7万ドル(約1千360万円)と引き換えに、痛い初黒星を喫した。無言のサラテに変わりエルナンデス・マネジャーは、「リターンマッチを望みたい」。

WBCホセ・スレイマン会長はバンタム級王者に、「90日以内。1位メンサ・パロンゴ(トーゴ)vs2位ルペ・ピントール(メキシコ)戦の勝者」との防衛戦を示唆している。

サラテと同じエルナンデス氏にマネージメントされるピントール。試合後。サラテとエルナンデス氏の関係はますます悪化。5ヵ月後バンタム級王座を3回KOで護り再起を果たしたサラテは、同僚対決に臨む事になる。

そして、”サラテ協栄ジム移籍!”というニュースが流れる。トレードマネーは2千万円。しかし、これは実現しませんでした。エルナンデス氏はサラテのマネージメント件を一時的に譲渡し、79年6月3日ラスベガスでサラテvsピントール戦は実現。


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サラテは王座を追われるのであるが、そのスコアリングは何とも奇妙。142−143が2者。145−133の12ポイント差でサラテ。ピントールはダウンも喫している。不可解な敗戦に怒ったサラテはエルナンデス氏をなじり、怒りの一時引退。7年の時を経てカムバックするが、Sバンタム級王座は遠かった。

勝者ゴメスは、試合後減量苦を理由にダニー・ロペス(米)の持つフェザー級王座挑戦をほのめかしたが、これは実現しない。83年の王座返上まで17連続KO防衛の快記録を打ちたてた。後フェザー級王座も手にするゴメスだが、サラテ戦後がピークだったのかもしれない。

両選手、明暗を分けた31年前のスーパーファイトでした。

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25日。元世界王者3人が一同に集合。これはワイから来日されたMIZUNOさんご夫妻と、MIURA氏の歓迎会に顔をそろえたもの。ハワイキャンプ?がりの3王者。渡嘉敷勝男氏の爆笑トークで宴は盛り上がる。



ファイティングポーズに、シャカサイン。

「渡嘉敷さん、ハワイしばらく来ないね。どうして?」

「それは、その〜」

「行けないんだよなァ」(~~)

「エリック・モレル!」(~~)

「何言ってんですかァ。無実ですよ、無実」(~~)

「でもこわいんだよなァ」(~~)

「私たち、もう80よ。早く来て下さいね」

「そろそろ行きますよ。昔はあんなに行ってたのにねェ」(~~)


渡嘉敷会長。一人で宴会出来ます。(~~)

世界タイトル獲得のご褒美として初めてハワイキャンプを体験した渡嘉敷選手はハワイの虜になった。以来、世界王座を防衛するごとにハワイでバカンスを楽しむのが慣例となった。

「でもジッとしていられないからついつい走っちゃうんだよなァ」(~~)

「そうだよ、試合終わって何日もたってないのにハワイから練習再開って感じで」(~~)

協栄ジムとハワイキャンプは切っても切れない。初代チャンピオン海老原博幸選手も、「ハワイでトレーニングしてロスあたりで戦うのが最高」と語っておられる。



世界戦への備えはハワイキャンプだったシンデレラボーイ西城正三選手。ホノルルでノンタイトル戦のリングに上がった事もある。奥様もハワイ出身です。

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続く具志堅用高選手もハワイは大のお気に入り。上原康恒選手はハワイでビュー。第2の故郷という感じですね。鬼塚勝也選手も試合前は約1ヶ月ハワイでのトレーニングに費やした。



鬼塚選手はビーチを走り、勇利アルバチャコフ選手はダイヤモンドヘッドへ登るのが大好きであった。



ハワイには先頃制定されたボクシングの日。後楽園球場特設リングの上にいた歴史の生き証人スタンレー・イトウ先生がご健在である。

先代会長が逝去された後、名門の灯を消してなるものかと復活したハワイキャンプ。まだ先の見えなかった佐藤 修 選手、坂田健史選手は、ここで世界王者への土台が作られた。

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その他の若手選手もメンバーを変え多数が参加している。だが、その中には散歩してるおじいちゃん、おばあちゃんに追い抜かれてしまう輩も出てくる。

「ウソじゃないよ、ホントに追い越されちゃうんだから。なァ、松崎」(~~)

「エッ、アッ〜、頑張ります」(~~)

「いいよもう来なくて」(~~)

坂田健史選手もWBA世界フライ級王者デンカオセーン・カウィチット(タイ)への挑戦が正式に決まったならば、この常夏の島で鍛える事になるだろう。誕生したばかりに長女”夕空”(ゆら)チャンにあえないのは寂しいが、ここは我慢の坂田選手ですね。(~~)



ハワイキャンプ初期の頃。

佐藤 修 、坂田健史の両選手は世界王者になり、移籍はしたが佐々木基樹選手も世界挑戦を果たした。費用はジム負担のキャンプ。走って食べる。大きな先行投資が選手育成の土台になっていることは間違いない。これも伝統である。

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ボクシング人気衰退が叫ばれていた昭和47年(1972年)。プロボクシング協会には、二つの”全日本ボクシング協会”が存在していた。一つは、若手8人の合議制を取る協栄、タナカ(全日本パブリック)、SB日東、笹崎、ヨネクラ、金子、セキジム等のグループで、約60のジムが参画。

もう一つは、全国を4ブロックに分けそれぞれ協会を作り、それを統括する”全日本協会”設置を決めた極東、SB中村ジム等のグループ。旗上げ当時、全国100以上のジムが参加といわれた。

若手を中心とする全日本グループは、その行動力で旗上げ早々の10月30日、後楽園ホールでトリプル日本タイトルマッチを企画。当時としては画期的興行である。

RS席5千円、指定席3千円、2千円はたちまち売り切れ。千円の立ち見券は当日売りのみ。それも5時半の開場までに売り切れた。有料入場者2,667人。これは当時の後楽園ホール新記録。売り上げは645万円に達した。

TV局からの放映料百万円は、「将来のボクシング界のために、ボクシングの宣伝に使ってほしい」とされた。これは放映料依存症からの脱皮を計らおうとしたもの。不振からの脱出を真剣に考えての行動だった。

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協栄ジム金平正紀会長がプロモートする”KOボクシング”で行われていた、ファイトマネーの公開も行われた。これは、一部業者からの反発により、立ち消えになっていたものである。

Sライト級王者東海林 博 (ヨネクラ)60万円。挑戦者ライオン古山(笹崎)35万円)。ウェルター級王者清水孝恒(セキ)60万円。挑戦者辻本章次(ヨネクラ)20万円。Sフェザー級王者野畑寿美男(常滑)30万円。挑戦者岩田健二(金子)30万円。(野畑vs岩田戦は立場を変えてのダイレクトリマッチ)。

「ファンが集まれば活気が出る。業者はもっと努力しなくてはいけませんね」

この興行の成功に気を良くした若手グループは、新企画”夢のチャンピオンカーニバル”を発表する。往年の名チャンピオン、名選手がリングに上がりスパーリングを披露しようというものである。



「プロ野球にはオールスター戦。相撲には事前相撲等のお祭りがあるのに、ボクシング界にはファンサービスを目的とした行事が何一つない」

12月22日後楽園ホールでは、以下のような組み合わせが組まれた。

芳賀勝男(日本B級王者・34)vs高見達矢(日本B級王者・32)

妹尾 孝 (日本B級1位・48)vs矢島壮吉(50)

岡野耕司(日本SL級王者・27)vs石川圭一(日本L級王者・35)

桜井孝雄(東洋B級王者・31)vs山口鉄也(日本B級王者・31)

渡辺 治 (日本W級王者・34)vs勝又行雄(東洋SF級王者・38)

ファイティング原田(世界F級、B級王者・29)vs海老原博幸(世界F級王者・32)

笹崎たけし(日本L級王者・57)vsエディ・タウンゼント(58)

田中敏朗(日本F勇1位・40)vs三浦 清 (東洋B級王者・33)

ムサシ中野(東京W級王者・27)vs海津文雄(東洋M級王者・34)

白井義男(世界F級王者・49)vs串田 昇 (日本F級1位・49)

辰巳八郎(東京M級王者・42)vs小川五郎(日本M級1位・42)

伊藤八郎(日本W級王者・31)vs風間桂二郎8日本L級王者・47)

オールドファンには懐かしい豪華メンバーが揃ったスパーリングは、2分2ラウンド、12オンスのグローブで行われた。当日の純益金は全て施設に寄付。後楽園ホールには施設の子らも招待されている。

   

このようなボクシング人気復興活動の最中、劇的な逆転KO防衛を果たしたWBA世界フライ級王者大場政夫(帝拳)選手を交通事故で失うという悲しみに包まれたボクシング界。1月25日の事である。

それより前、1月21日。これまで同好会形式だった若手メンバーによる”全日本ボクシング協会”が、正式に一団体としてコミッションに届け出を果たした。39ジムで構成される新団体は、”金平派全日本”という表現。

小高派全日本にも統一問題を話しかけ、「ボクシング界を盛り立てていくのが仕事だ」。

日本プロボクシング協会原田政彦会長は、来年を持って退任が決定している。これを機に若手リーダーの更なる改革に期待します。

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WBC世界バンタム級チャンピオン長谷川穂積(真正)選手が、いよいよ10度目の防衛戦に挑む。12月18日地元神戸、元WBA世界フライ級王者エリック・モレル(プエルトリコ)が挑戦者手と発表されています。

しかし、海外ソースでモレル陣営は「?」的コメント。そして、コアなファンの皆様が記憶されている彼の犯罪歴が来日に響くのではと心配する向きもあります。


撮影、Sumio Yamada

いずれにしても、現在の長谷川選手ならば誰が相手でもスカッとKO防衛。そんな勢いがありますね。プロ10年、10度防衛を一つの節目として階級アップを示唆するチャンピオン。その意欲は、まだまだ衰えることを知らない。

世界王座獲得から4年半。ここ4戦全て2回以内、連続初回ノックアウト防衛は日本ボクシング史上始まって以来の快挙である。いや、海外でもそう見られるものではない。

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2回で簡単にKOしたアレハンドロ・バルデス(メキシコ)が、WBO世界バンタム級王者フェルナンド・モンティエル(メキシコ)相手に、一度は勝ち名乗りを受けながら、引き分けの裁定を受けたのは9月12日。

「バルデスはメキシコでもTVのメインを張れる選手で、そんなに悪い選手じゃないですよ」


長谷川vsバルデス。 撮影、Sumio Yamada

V10。

日本人で初めてこの記録に到達したのは、元WBA世界Lフライ級王者具志堅用高(協栄)選手。具志堅選手が尊敬する日本人初の世界王者白井義男選手は、5度目の防衛戦で組し易しと見られていたパスカル・ペレス(亜)に破れた。南米遠征で2度のダウンを奪い引き分け。本番では負けないとの自信があった。

”根性の男”ファイティング原田(笹崎)選手は、毎試合厳しい減量を克服し防衛記録を更新していた。5度目の防衛戦は指名挑戦者が予定されていたが、下位のライオネル・ローズ(豪)に変更。燃えない原田選手は、思わぬ伏兵に世界バンタム級王座を追われている。



プロデビューから2年5ヶ月。昭和51年10月10日ファン・グスマン(ドミニカ)を7回KOで破りWBA世界Lフライ級王座を獲得した具志堅選手は、王座獲得3年で10度目の防衛戦を迎えている。

「今がピーク」

テクニックが売り物の挑戦者にも、うまい試合運びで一蹴する力をつけた。気力の衰えを微塵も感じさせない。チャンピオン生活が長く続くと、何事にも”慣れ”が生じる。同じ練習でも打ち込み方が違って来るもの。しかし、具志堅選手には、その”慣れ”が見られない。



V10戦を前にした王者への評価である。9度目の防衛戦ラファエル・ペドロサ(パナマ)戦は、挑戦者のタフネスにKOを逃し、連続K防衛記録は6で途切れていた。しかし、その人気はまさに国民的。

挑戦者予定の世界9位 金 致福(韓国)は、9月1日比国フライ級6位チト・アベラ相手に前哨戦を挙行。協栄ジム金平正紀会長も、世界戦契約書を手に観戦に出かけた。だが、金は比国6位の右クロスカウンター一発でリングに沈んでしまう。

敏腕金平会長は、すぐさま挑戦者をアベラへ変更。契約を交わしてしまった。試合は10月28日東京で開催される。2週間前に挑戦者が師匠フラッシュ・エロルデ氏に引きつられて来日した際には、まだWBAランキングに入っていない。

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ようやくランキング10位にもぐりこんだアベラは、倒れる事4度。よく頑張ったものの7回、王者の右アッパーで万事休した。大きな喜びを爆発させたチャンピオン。

1979年。年間4度の防衛に成功。区切りのV10を達成した具志堅選手には国民栄誉賞の声も上がる。次の王者の目標はこのクラスの防衛レコード。時の世界1位はイラリオ・サパタ(パナマ)。一度は発表された具志堅vsサパタ戦、これは見たかったですね。



長谷川選手にも、チャンピオンの”練れ”は、まだまだないだろう。もっと先を見据えている。フェザー級転向、米国進出。スーパークラスのなかった時代、バンタム級王座を失った原田選手はフェザー級王座に挑戦した。

WBC王者ジョニー・ファーメション(豪)との第1戦は世紀の大誤審。東京での万全を期しての再戦は、大いに期待されながら14回KO負け。原田選手の3階級制覇の偉業達成の為に、日本で初めて開催されたWBC世界戦だったが、残念な結果になってしまった。

「舐めたんやろ」。当時を知る原田選手に親しい関係者の一言が、このスポーツの難しさを物語る。

真のボクシング人気復興の為にも長谷川選手には、好試合を見せてほしいと思います。「すごい事、やっているんですよ」。フェザー級制覇の夢。挑戦が実現する日も近い事でしょう。

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レイジングバトル決勝戦・速報!

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23日後楽園ホールで開催されたレイジングバトル決勝戦の結果。


澤永真佐樹VS小林生人。澤永選手が、4回2−1判定勝ち。スコアは39−37、38−37、37−38。澤永選手は2回ゴング後の過撃で減点1。


前川洋昭VS山口裕司戦は、前川選手が3回負傷判定勝ち。スコアは29−29、30−28、29−28。


渡部あきのりVS岳たかはしの注目の一戦は、渡部選手が4回判定勝ちを飾った。スコアは38−38、39−38、39−37。


渡部選手はMVPを獲得。たかはし選手も頑張り好試合だった。


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王者デンカオセーン・カオウィチット(タイ)に敗れた亀田大毅(亀田)選手は、前回より一つ下げて12位。WBC王者内藤大助(宮田)選手へ挑戦する1位興毅選手が抜け1位は空位。暫定王者にルイス・コンセプシオン(パナマ)。王者デンカオセーンに、”Last Mandatory”の表記はない。


撮影、Sumio Yamada

暫定王座決定戦に敗れたオマール・サラド(メキシコ)が6位に残った。小林タカヤス(川島)選手が8位。久高寛之(仲里ATSUMI)選手は13位。

王者と名の付く選手が3人いるSフライ級。正規王者名城信男(六島)選手と引き分けたウーゴ・カサレス(メキシコ)は1位変わらず。名城vsカサレス戦は、指名試合であったはずだが、こちらにも”Last Mandatory”の表記がない。

2位に新インター・コンチネンタル王者リカルド・ヌネス(パナマ)が一気に浮上。11月19日にはFedelatinタイトル戦に臨む。フライ級暫定王者コンセプシオンと似通った戦歴を持つヌネスは、16勝(14KO)1敗。一つの敗戦は、昨年3月中堅どころに初回僅か37秒で倒されたもの。強打と脆さが同居する21歳。このクラス、パナマ期待のホープだ。




リカルド・ヌネス。 撮影、Sumio Yamada

3位にロベルト・バスケス(パナマ)に10回TKO勝ちで新インターナショナル王者となったドリアン・フランシスコ(比)。5位河野公平(ワタナベ)選手、6位坂田健史(協栄)選手。8位に元フライ級王者ロレンソ・パーラ(ベネズエラ)。もう1年以上も試合していないが、さすがWBA。バスケスは10位に踏みとどまっている。

空位だったミニマム級1位に黒木健孝(ヤマグチ土浦)選手が座った。ただし、OCマークは付いていない。5位高山勝成(真正)選手、12位に八重樫 東 (大橋)選手。Lフライ級9位に前日本王者嘉陽宗嗣(白井・具志堅S)選手の名があるが、これは次回新日本王者宮崎 亮 (井岡)選手と変わるだろう。

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正規王者アンセルモ・モレノ(パナマ)が元気に活動中のバンタム級。暫定王者ネオマル・セルメニョ(ベネズエラ)は、1位クリスチャン・ミハレス(メキシコ)を返り討ち。ミハレスは6位に降下。Sフライ級に戻す意向のようだが、自らのジムもオープンし、再起への道は厳しいとの見方もある。サーシャ・バクティン(沖縄WR)選手は3位。日本王者大場浩平(大一スペースK)選手10位。

Sバンタム級。スーパー王者セレスティーノ・カバイェロ(パナマ)に試合予定はない。。正規王者プーンサワット・クラティンデーンジム(タイ)は日本での防衛戦を希望している。

日本王者木村章司(花形)選手が8位、下田昭文(帝拳)選手13位は前回と同じ顔ぶれだが、グッと目立つ新顔がある。OPBFフェザー級王者細野 悟 (大橋)選手の名が10位に。プーンサワット挑戦の為のランク入り?。OPBF同級王者大橋弘政(HEIWA)選手はランク落ち。

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プーンサワット(左)。 撮影、Sumio Yamada

フェザー級13位に 李 洌理(横浜光)選手。Sフェザー級前王者ホルへ・リナレス(帝拳)選手は6位。内山高志(ワタナベ)選手は3位。15位に日本王者三浦隆司(横浜光)選手がランクイン。このクラスの1位は空位。

チャンピオン3人のライト級。8位に近藤明広(日東)選手。11位長嶋建吾(18古河)選手、15位嶋田雄大(ヨネクラ)選手。Sライト級12位に小野寺洋介山(オサム)選手。ウェルター級世界挑戦に失敗した佐々木基樹(帝拳)選手の名前は消えた。

出来上がりつつあるスーパーチャンピオンと、暫定王者群。1位空位が目立つと共に、最終指名試合消化期日がはっきりしないクラスが目立つ。暫定王者を乱発する一方、1位は空位では理屈が合わない。王座統一戦vs指名試合。規定をハッキリ、しっかり作り、誰にでもわかるよう公表されるべきです。

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日本ミニマム級8位井岡一翔(井岡)選手が、3戦目で背回覧カーと対戦。12月29日大阪府立体育館で世界タイトル挑戦経験もあるWBC世界L フライ級10位国重 隆 (大阪帝拳)選手に挑む。高校6冠王者は今年4月プロデビュー。7月の2戦目にはベテラン日本ランカーを下し、ランキング入りを果たしている。2戦2KO勝ち。


井岡、3戦目で世界10位と対戦(読売新聞)


一方の国重選手は、昨年6月メキシコでエドガル・ソーサの持つWBC世界Lフライ級王座に挑戦 するも8回TKO負け。嘉陽宗嗣(白井・具志堅S)選手の持つ日本タイトル挑戦は、2連続負傷引き分けで載冠ならず。今月12日、嘉陽選手を破り新日本王者となった宮崎 亮 選手は井岡ジム所属。


新王者はチャンピオン・カーニバルで最強後楽園優勝者・滝澤 卓 (タキザワ)選手の挑戦を受ける。黙っていては日本王座挑戦のチャンスが回ってくるまでに時間を要する国重選手。来年は34歳になる。話題の新鋭の挑戦を受ける背景には、日本タイトル挑戦への想いがあるのだろう。


サウスポー国重選手は、20勝(2KO)3敗2分。攻撃力はさほどないが、相手のボクシングを殺し、自分のペースに持ち込むのがうまい混戦得意型。粘っこくて、スタミナもあるやりにくい選手である。この試合は10回戦。井岡選手はそのスタミナ、耐久力が試される。


98年5月、アマ全日本選手権準Vの実績を持つ石原英康(松田)選手は、デビュー6回戦でいきなり日本フライ級王者スズキ・カバト(新日本大阪)選手と対戦。辛くも判定で勝利し、世界ランキングにも名を連ねた。勢いをかって3戦目で、時の王者セレス小林(国際)選手に挑戦するも、7回逆転のTKO負け。勝負を分けたのは、体と心のスタミナ。後の世界タイトル戦も惜しい試合を落とし、ついに世界には届かなかった。


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1974年9月、ローマへ飛んだ日本Sライト級王者ライオン古山(笹崎)選手は、王者ブルーノ・アルカリ(伊)の突然の引退により空位となったWBC世界Sライト級王座をぺリコ・フェルナンデス(伊)と争った。欧州スタイルのディフェンスもポイントになるという採点スタイルで、手数、パワーで圧倒していた古山選手は判定負け。「これではあんまりです。古山君がかわいそうだ」と、解説の小林 弘 氏は泣いた。


試合内容が考慮され古山選手のランキングは2位から動かない。少し待てばチャンスは訪れる。そんな矢先に舞い込んだのがタイ遠征の話。口利きは比国の実力者ロッペ・サリエル・プロモーター。


「フルヤマが勝てば、世界挑戦の機会を作る。もし、負けた場合でもセンサクが世界王者になれば、フルヤマを挑戦者に選ぼう」


「損はないと思って」。古山選手陣営は、バンコクへ乗り込むことを決めた。対戦相手センサク・ムアンスリンは、元ムエタイ王者から国際式デビュー2戦目。「負けるわけがない」と、考えるのも当然だ。


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センサク・ムアンスリン。 

 

ムエタイスターの国際式での成功を疑わないサリエル氏は、そのデビュー戦から大きな勝負に出た。33戦無敗のジミー・ヒアー(米)を大番狂わせで破り、一躍世界ライト級2位にランクされていたルディ・バロ(比)をバンコクへ連れてくることに成功する。74年11月。期待に応えるようにセンサクは、バロをわずか56秒でキャンバスへ沈め緒戦を飾った。


「ムエタイ王者といっても、たかが2戦目」


75年2月。試合は、ほぼ互角で進んでいた。古山選手はタフでパンチもある。しかし、手数が少ないのが玉に傷である。そして迎えた7回。センサクが連打をまとめる。と、試合は突然ストップ。世界2位古山選手は、唐突にストップ負けを宣告される。


”世界2位古山TKO負け。世界挑戦白紙に!”。


デビューから連続して世界2位を破ったセンサクは、75年7月15日3戦目でフェルナンデスを8回TKOに降し世界の王座に就いた。国際式デビューから僅か8ヶ月の快挙である。


一方の古山選手は、4月再度世界への足がかりをつかむべく豪州へ遠征する。強豪ヘクター・トムソンと対戦するも、判定負け。海外リングで痛い連敗。8月にはバトルホーク風間(石丸→奈良池田)選手とこの年2度目の引き分け。世界への夢は完全に立たれと思われた。


しかし、ここで「センサクが世界王者になったらフルヤマの挑戦を受けよう」と言ったサリエル氏との約束が活きてくる。しかも、試合地は東京。3度目にして地元で世界挑戦。センサクとの初戦は負けたと思っていない古山選手は、仲の良いガッツ石松選手の激励を受け張り切った。センサクは初防衛戦である。


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センサクvs古山Ⅱ。


76年1月東京。遠回りをした挑戦者は勇躍世界戦リングへ登場したが、すっかり自身をつけた世界王者の前になすすべもなく敗れる。終盤戦は立っているのが不思議なくらいな展開。毎ラウンドうがいの水を飲む王者の腹は、ダブダブに膨れ上がっていた。


どちらが勝ってもタイトルはサリエル氏の手中である。実に見事なマッチメイクぶり。アジア諸国をまたにかけ活躍したサリエル氏は、先見の妙があった。日本にはなかなか出ないスタイルである。


井岡会長。宮崎選手の日本王座挑戦権獲得は、東京で嘉陽選手の同僚斉藤伸之助と戦って勝ち得た。敵地東京で敗れればランキングは奪われる。だが、勝てば王座挑戦のチャンスが舞い込む。万が一敗れても一翔選手もいる。具志堅会長は時に大胆だが、なかなか用心深い。よくまとまったと思います。


一翔vs国重戦といい、プロモーター井岡会長の今後に注目。一翔選手4戦目の世界挑戦はなるのか。かなりしょっぱい国重選手。注目の一戦です。


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元WBA世界フライ級王者大場政夫(帝拳)選手。昭和24年(1949年)10月21日生まれ。今年は生誕60年。世界王座5度目の防衛に成功したばかりの昭和48年(1973年)1月25日、23歳の若さで逝ってしまった大場選手は、”永遠のヒーロー”として今も我々の心に生きている。



東京都墨田区横川町に生まれた大場選手は、のち足立区に移り幼少期を過ごす。5人兄弟の真ん中。魚と野菜が大嫌いな少年であった。

足立6中を卒業後の昭和40年6月1日、帝拳ジム入門。これは勤務先が御徒町(二木の菓子)で、その寮が板橋にあった為、途中の王子にある帝拳ジムは通うのに好都合だった。

「僕は小学校5年の頃から世界チャンピオンになりたくてしかたなかった。1日も早くボクシングでエラくなりたいと思った」」

世界チャンピオンへの明確な野望を抱いて大場選手は帝拳ジムへ入門。だが、その1ヵ月後、名門帝拳ジム総帥、日本ボクシング界の天皇とまで比喩されていた本田 明 会長が逝去する。以後、タイトルの喪失、看板選手の引退が相次ぎ、ついにメインエベンターがいなくなった。

しかし、後を継いだボクシング界最年少会長明彦氏は、「うちには大場って強くなる選手がいるから」と、デビューしたばかりの大場選手に帝拳ジム復興の手応えをつかんでいた。



「試合がやれるのが、うれしくって」

昭和41年11月7日17歳の誕生日を待ちこがれたようにプロデビュー。渡辺和喜(金子)選手を初回48秒KOに破り初陣を飾る。デビューから6連勝(4 KO)を続ける金の卵に、帝拳ジムは経験を積ませる。

大阪遠征。大阪帝拳ジムの世話で関西リングに上がった大場選手は 谷 正和(塚原)選手と対戦。そして、初回2度のダウンを奪われる。続く2回もダウンを喫した。3回、4回と猛然と反撃した大場選手だったが、3度のダウンがたたり僅差の判定負けを喫する。

しかし、一人で行かせた大阪遠征はよい経験になったと陣営は受け取った。

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昭和42年度の新人王戦は、浅野英一(のちスナッピー・笹崎)選手と引き分け。敗者者扱いで無念の涙を呑む。初回、二回と大場選手が連取。3回、4回は浅野選手が挽回。ねちっこい浅野選手がポイント数で上回った。

「来年も新人王狙う?」

「冗談じゃない。そんな悠長なことはいってられない。やらせてもらえるならすぐにでも6回戦でも、8回戦でもやりたい。バリバリやらなくちゃ」

大場選手最後の敗戦は昭和43年(1968年)9月2日。花形 進 (横浜協栄)選手との一戦である。大場選手10連勝、花形選手は5連勝中。10回僅差の判定で花形選手が勝ったが、「打てば必ず打ち返してきたので根性あるなァと思った」。

ノンタイトル戦で日本、東洋、世界のチャンピオンを破るという今では考えられない王道を歩んだ大場選手は、昭和45年(70年)10月22日ベルクレック・チャルバンチャイ(タイ)を13回KOに破り念願の世界王座を獲得。自ら誕生日を祝った。


大場vsチャルバンチャイ。

「アレがほんとの挑戦者だよ」

世界王座初防衛後の大場選手もたくましい。米・テキサス州へ遠征した世界王者は、メキシコ王者ロッキー・ガルシアと対戦。猛烈な倒し合いを演じる。5千人のメキシカンの大声援。完全なる敵地である。

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二回、世界王者はダウン。調子に乗るガルシアはなおも攻め立てる。6回には再びダウン寸前のピンチに陥る。しかし、持ち前の負けん気で反撃に転じた王者は、9回得意の右でダウンを奪い返し、2度のダウンを追加しTKO勝ち。観衆の心をつかむ勝利だった。



「リング上では絶対テンカウントは聞きませんよ」

貧困が育てた負けん気。デビュー戦から観戦を続けたボクシング好きの父松太郎氏が、自分の息子の根性に驚き、その異才に気がついたのはプロ4戦目を終えた頃。

「この野郎ひょっとしたらうまく行くかもしれない。チャンスに恵まれれば日本チャンピオンにまでなれるかもしれない」

「勝っても負けても精一杯ファイトし、会長初めトレーナーを裏切らない選手でした」(長野マネジャー)

常に最上位ランカーを挑戦者として選んだ。V4オーランド・アモレス(パナマ)戦。V5チャチャイ・チオノイ(タイ)戦はいずれも初回にダウン。チャチャイ戦では、右足をくじいてしまうアクシデント。

「ずっと痛かった。よくこの足で12回やれたなァ。でも最後に、ここでと思ってラッシュした時は、ちっとも痛くなかった。やったッと思ったトタンもの凄く痛くなっちゃった。人間て気の持ち方だね」



2度連続の逆転KO防衛。その人気は一気に沸騰。バンタム級へあげての2階級制覇も大いに期待された。そして、世界戦後は海外旅行へ行くのが常であった。

「試合が終わると、旅行をしたいと思う。今までの苦労から思いっきり解放されたいという感じ。それには、やっぱり違った環境がほしくなる」

チャチャイ戦後は、帝拳ジムの手によってハワイ旅行が用意されていた。しかし、この時ばかりは旅行に出かけなかった。これも運命か。

戦うチャンピオン大場政夫。今でも大場選手の戦は、人々の心を打つ。『根性』自室に掲げられていた言葉である。

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朝一番、ジョー・ルイチュさんからメールが入った。「坂田、デンカオ決まりらしいです。金平会長のブログに出てますよ」(~~)

タイを訪れている金平会長は、WBA世界フライ級王者デンカオセーン・カオウィチット(タイ)を擁するギャラクシー・プロモーションと交渉を重ね、前王者坂田健史(協栄)選手との再戦に付いて正式に合意したとの事。詳細は帰国後明らかにされる。

昨年大晦日、衝撃の王座転落。一瞬静まり返った場内。レフェリーのカウントが進む中、「坂田立て〜」のファンの声がこだま。ジョー・ルイチュさんはじめ、応援に駆けつけてくれたファンの皆様は、ただ涙にくれたという。


撮影、Sumio Yamada

「俺、何にもしてないですよ」

リング上、坂田選手も悔し涙。敗因については様々なご意見を頂いたが、「力んで空振りしちゃったから、アレもらちゃったんだよ。後頭部だけど、あのタイミングじゃ仕方ない」。

再起?引退?。悶々とする日々が続く。

「毎日なぐさめられて楽しいのかなァ」

悔しさをにじませる大竹マネジャー。

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「そろそろ坂田から電話来る頃だな」。等と話していたら、大竹マネジャーの携帯呼び出し音が鳴った(これ本当です)。「坂田だよ」。一瞬、顔を見合わせた。

「ハイ、デンカオセーンです」(~~)

坂田選手、再起表明。

「やるんなら明日から来いよ!」

王座喪失から1ヶ月もたたないうちに坂田選手は始動。Sフライ級で2階級制覇を目標に掲げた。以後、2戦を消化。次は世界戦という気持ちが強い。9月30日、大阪まで観戦に出かけたWBA世界Sフライ級タイトル戦は、王者名城信男(六島)選手が、指名挑戦者ウーゴ・カサレス(メキシコ)と引き分け防衛。


撮影、Sumio Yamada

そして、10月6日。WBA世界フライ級王者デンカオセーンは、亀田大毅(亀田)選手の挑戦を受けた。5月地元タイでの防衛戦では、久高寛之(仲里ATSUMI)選手に大苦戦。ホウホウの態で12回を乗り切り、判定勝利を得たが、ジャッジの一人は2ポイント挑戦者優勢と採点。

「しっかりしてくれなきゃ困りますよ」

前王者のプライドをにじませていた坂田選手。

デンカオセーン2度目の防衛戦は、ジムで合宿生活を送る等、万全の体制とささやかれていた。自信満々の王者であったが、「8回で疲れてしまった」試合は、挑戦者の手数の少なさにも助けられ2−0のスコアで王座防衛。

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撮影、Sumio Yamada

「デンカオセーン、もう一度やらせたいなァ坂田」

以心伝心。この気持ちは坂田選手も同じだったようで、自ら金平会長に「もう一度」を頼んだようだ。借りは返す。トラッシュ中沼(国際)選手にリベンジを果たすまでの1年間。それは厳しいものだった。

亀田陣営は採点を不満としWBAに提訴。ダイレクト・リマッチを希望している。”3ポイント勝ち。前半は取っている”と主張する亀田ジム五十嵐会長。これは、ジャッジ・アバインザ氏が、初回から4回まで全てのラウンドを王者に与えた事を指している。

デンカオセーンvs久高戦で、久高選手の2ポイント勝と付けていたのはアバインザ氏である。したがって王者側にとって、アバインザ氏は嫌なジャッジであったに違いない。地元、2度の減点、それを割り引いても王者の勝ちは仕方ないと思えた試合である。

亀田陣営の提訴に対し、WBAがどのような裁定を下すのか。同級暫定王者ラファエル・コンセプシオン(パナマ)はWBA総会期間中の来月19日初防衛戦を迎える。総会一番の議題は指名戦権利。王座統一戦も当然議題に上がろう。

初の海外ブログ更新の金平会長。帰国後の報告が楽しみです。

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「荻野(貞行)先生なんか、ジャッジペーパーありませんよ」

「俺はないよ」と一言。試合中ジャッジペーパーをつけずに勝者を選定する。「これは荻野先生だから通った事です」。(荻野氏はボクシングの母といわれる)

戦後、日本ボクシングコミッション(JBC)が創設され、試合に対する抗議はJBCとの間でとり行われるようになったが、それ以前は直接レフェリーが矢面に立たされた。レフェリー受難の時代である。

「レフェリー、何やってんだ!」

「てめえ、やってみろ!」

昭和20年代は、試合が終了すると警察がリングを保護、いや、レフェリーを保護していた。昭和30年。東洋ボクシング連盟(OBF)に習い、JBCは採点を4点法の加点法に準ずるとルールを改正した。加点法。「悪い方の選手はどこまでいってもゼロなんです」。

「あれだけ戦ってゼロはないだろう」とセコンド、応援団が怒るケースも続出。戒告、出場停止を受けたレフェリーが何人も出た。きつい時代である。そして昭和34年、とうとうゼロ判定に怒った選手側のごひいき筋にレフェリーが暴行を受けるに至る。

暴行を受けた林レフェリーは、警察へも行き、新聞ダネにもなった。しかし、犯人は人ごみの中の大勢で、捕まるよしもない。「全員やめます」。審判団全員がJBCに辞表を提出する事態にまで発展。

一致団結結束した審判団の下、以後、レフェリーの地位は確立され、権限も強いものになっていく。現代では、レフェリーへの猛抗議という場面はほとんど見られません。

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「アレッ」というほどの早いストップに対しても、健康管理問題という側面を理解しているセコンド陣から抗議の声が上がる事はない。

「戦後は食生活が良くなって、かえってボクサーの基礎体力が落ちた。昭和30年代から急に死亡事故が増えていますね」

「コッペパンかじったり、バケツのオカラ食べたりして、1ヶ月に10回以上も試合して、死亡者はほとんどいなかった」

ダド・マリノvs白井義男戦を捌いた 林 国治氏は、「事故が続発すれば、早く止める。これはしようがないですよ。選手自体が根本的に体力がないんですよ」と、早めのストップに言及されている。昭和60年の事である。


吉田勇作レフェリー。

「ボクシングはもともと危険なスポーツなんですから、ぎりぎりのところまでやらせるレフェリーが一番だって言うんです」(故・吉田勇作氏)

大場政夫(帝拳)選手、輪島功一(三迫)選手らの世界戦をレフェリングされて来られた吉田氏。私のデビュー戦も捌いていただきました。(~~)

ストップが遅いと非難された試合もありましたが、大場vsチャチャイ戦等、多くの名勝負を演出して来たのも確か。「ぎりぎりのところまで」は、大変なレフェリング技術を要する。

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早めのストップにリング上抗議してきた6回戦選手に対し、すぐさま控え室に来て、「誰ださっき俺に文句言ってきたヤツは!お前なんかもう試合させないぞ!」。それは大変な貫禄でありました。

フィリピンの東洋タイトル戦ではピストル突きつけられた経験もお持ちだが、「ああすれば少しは有利に採点すると思ったんでしょ」と、素っ気ない。

75年マレーシアでモハマッド・アリvsジョー・バグナーの世界ヘビー級戦をレフェリングされた羽後武夫氏も、「おかしなレフェリングすると、ピストルでバカンと来る」と脅されていた。その理由は、「キリスト教vsブラック・モスレムの宗教戦争」だから。

「リングサイドのお客さん方が、レフェリーをヤジらなくなったということは、進歩したっていうことでしょうねェ」(林氏)

「何がおこるかわからないってところに、ボクシングの魅力があるんですから、カンカンと倒されていたのが、逆転KO。これがボクシングなんです」(羽後氏)

歳月が流れ、ボクシングのルール、試合のあり方も変わった。今後の発展を願うばかりです。

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スーパー6・フロッチvsディレル

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17日(現地時間)、英ノッティンガムで行われたWBC世界Sミドル級タイトルマッチは、王者のカール・フロッチ(英)が挑戦者のアンドレ・ディレル(米)を、12回2−1のスプリット・デシジョンに破り、2度目の王座防衛に成功した。

オフィシャルのスコアは、115−112が2者がフロッチ。残る一人は、113−114でディレルを支持。以下、山田純夫氏のRSレーポートをお送り致します。

                                                                
撮影、Sumio Yamada
                                              

王者フロッチの攻勢で試合はスタート。                       

V13王者・具志堅用高・誕生の裏側
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協栄vs角海老宝石・2つのTKO勝負!

                                                                

撮影、Sumio Yamada

中盤戦はディレルが反撃。                               

        

撮影、Sumio Yamada

ディレルのカウンターもさえるが、10回には痛い減点。王者がうまくポイントをピックアップする。


撮影、Sumio Yamada
                                                

試合終了。健闘をたたえあう。

 ペタしてね        

撮影、Sumio Yamada                                                 


オフィシャルのスコアは、2者が115−112で王者を支持。残る一人は113−114で挑戦者。

                                            

撮影、Sumio Yamada   

                                                                             2度目の防衛に成功した。フロッチはデビュー以来26戦全勝(20KO)と不敗記録を伸ばしている。 

                                                                              

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                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

17日後楽園ホール。私の担当する2選手、元Sフライ級ランカー白石豊土選手と、デビュー戦を初回KO勝利で飾っていた小野木協栄(カナエ)選手の二人が、角海老宝石ジムのSフライ級12位奈須勇樹選手、エディ賞受賞の田中栄民先生が、「将来のチャンピオン候補」といわれるコーチ義人選手と対戦。

「調子はいいし、やる気はあるよなァ」

「今回は意欲があります。かつてない程調子もいいです」

「後はゴングが鳴って、どうかだな」



白石豊土選手。これまで14勝(6KO)5敗1分。現在2連敗中。対する奈須選手は17勝(13KO)4敗。かつての全日本新人王である。グリーンツダジムから角海老宝石ジムへ移籍し、今は田中先生に師事する。

青コーナー観客席とは扉1枚隔てた階段踊り場で出番を待つ。相変わらず調子はいい。気合も十分。

「新人王は準決勝の翌日引越しなんて予定組んでるんだもんなァ」

「A級決勝は固まっちゃうし」

「富山(浩之介)戦は、相手の戦績にビビッちゃうし」

「福本(雄基)戦は、いい気になりすぎちゃって」

「永安(潤之介)戦は、舐めちゃってなんにもしないんだから」

「今日は頼みますよ。ゴング鳴った瞬間、方針変更なんてやめてくれよ」(~~)

後からやって来た大竹マネジャーも全く同じアドバイス。

「さァ、行くぞ!」

 ペタしてね

練習中、試合中問わず、「オカマパンチ禁止」とドヤされる白石選手。奈須選手のパワーに対抗するには?

「白石なんて気持ちがハッキリしないやつは、先に行かせて調子乗らせて逃げ切るしかないよ。向こうに前半取られたら、オカマパンチじゃ逆転出来ないぞ」

「確かにである」。大竹マネジャーのアドバイス通り、練習は先行逃げ切りを意識。水分の誘惑に負けずしっかり減量すればスタミナはある。真面目でいい子なんだが、誘惑にはめっきり弱そうな性格で、ブログにも弱気な事平気で書いて、同情誘って満足してる。かと思うと、いきなり自転車で九州まで行っちまったり、予断を許さぬ白石君である。

「オッ、今日は違うみたいだな!」

ネチネチ見栄えがするものではないが、前進し手を出している。「腹強く」も予定通り。とにかく下がらない事。パワーでは断然かなわない。

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「今日はひょっとすると、いいかもね。まだわかんないけど」(~~)

「パンチ切るんだよ!」。ヒルマ先生が叫ぶ。

「それ出来ないんだから、ああやってるんじゃないか」(~~)

大竹マネジャーと思わず顔を見合わせる。今、出来る事をやらせる他ない。

「よ〜し、今までで一番いいよ。このまま続けろ。腹、いいぞ!」

3回、4回と調子に乗って来た”サスケ”。奈須選手もそのパワーで押し返そうと打って来るが、引かずにやっている。ラウンド中盤以降はスタミナの差が出て来たか。

「よし、5回。後4回戦一つ。もう力抜いて、楽にやって来いよ!」

5回。ごくたまに打つ、素早いコンビネーションが出た。コーナーに追い込む。決め手がないだけに強烈なブローを打ち込めないが、数も当れば効いて来る。「ショート。ショート!。ここで勝負賭けろ!」。

奈須選手は顔面血まみれ、バッティングでカットした左目に加え右目上からの出血も激しい。疲れたかと見えた白石選手だったが、さらに追い討ちをかける。南側リングサイドからは、「危ないよ」の声も飛ぶ。

「さっきはあんなに早く止めといて、何で止めないんだよ」

レフェリーはストップのタイミングを探している。それに一生懸命のせいか、あれだけの出血がありながら、このラウンドはドクターチェックが一度もない。吉田レフェリーが試合をストップした瞬間、白石選手も頭から足まで返り血でぐっしょり。最近、あれほどの流血をラウンド中一度の試合停止もなく続行されたケースは記憶にありません。



ストップの瞬間うれし涙の勝者。今までの呪縛から開放された事を願います。また調子に乗って自爆も十分考えられますが。(~~)とにかく、この試合は相手が強いぞという危機感を持って挑んだ事が良かった。奈須選手とは、シャワー室で中身の濃い会話を交わしたようです。お互い意地のぶつかり合い、良い試合だったと思います。



小野木協栄選手。こちらも調子は良い。4回攻め続けても切れないスタミナはある。対戦相手コーチ義人選手は、予想通りの好選手。うまいボクシングをする。この日、なぜか前に出ない小野木選手。

「お前1ラウンド取られちゃったよ」

「ああいううまい選手には、1発、2発じゃ当らないから、3つ、4つと打って、すぐにまた追い打ち。それ繰り返せば、当るようになるから。ちょっと打って様子見てたんじゃダメだよ」

「前に出て打って行く。相打ちのタイミングでいいから。パンチはお前の方が上だ。前に出ながらカウンター」

しかし、2回もおとなしい。一発KOが忘れられないのか、勝たなきゃまずいと慎重になっているのか、いつもの思い切りの良さがない。

「お前、このままじゃ何にもしないで終わっちゃうぞ。たくさん応援に来てもらって申し訳ないと思わないか」

「前に出て打てば効いちゃうから。頭入ってきたら右アッパーから左フックおもい切り返せ!」

「倒すしかないな」

最終回が始まった。ようやく前に出てパンチを繰り出す協栄選手。しかし、焦りからかバランスは悪い。良いパンチも当てた。最後まで一発KOパンチは持っている。だが、打ち合いの最中試合は唐突にストップ。青コーナーは思わず苦笑い。だが、完敗である。恐るべし18歳、コーチ選手。

結果的には白石選手的自爆。(~~)

「お前、白石がこっち来いよ〜って呼んでなかったか」(~~)

涙を見せた協栄選手だが、白石先輩の奮闘を見て元気回復。一つの勝負に対して、もっと必死にならなけりゃダメだ。「次は頼むぞ!」(~~)

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協栄ジム。金平正紀会長と海老原博幸選手、山神淳一トレーナーの3人で始まった店(とんきん)、いや、ジムは今年創設50年を迎えた。タイでのリマッチで世界フライ級王座を失った海老原選手は、海外でなければ再起戦はやらぬと金平会長に直訴。

その決意は固いと知った金平会長はついに折れ、ロサンゼルス遠征が実現した。昭和39年(1964年)春の事である。この地には金平会長が尊敬するジョージ・パーナサス氏が、プロモーターとして腕を振るっていた。「ボクシングに始まり、ボクシングに終わった」人である。


パーナサス氏の秘蔵っ子アラクラン・トーレスと戦った海老原選手。

ロサンゼルスとの関係を築いた協栄ジムは若手選手を送り込む。昭和42年暮、特別に背広をあつらえた西城正三選手は生まれて初めて飛行機に乗る。行き先はロサンゼルス。黒星スタートにもかかわらず、9ヵ月後には世界フェザー級の王座を獲得。シンデレラボーイは、「総理大臣からの食事の誘いも断っちゃう」程の人気を得た。


西城正三選手。

昭和46年9月。アントニオ・ゴメス(ベネズエラ)に王座を明け渡し、西城時代は幕を閉じた。翌47年、内緒で契約金1千万円を貰った上原康恒、晴治の上原兄弟が協栄ジム入り。元祖”沖縄の星”は華々しくデビューを果たす。

沖縄・石垣島の具志堅用高少年は、ボクシングとは無縁の人生を送っていた。父は遠洋漁業の船に乗り込み、「ほとんど母子家庭」という生活。地元の県立高校を受験するも、答案用紙に名前を書かなかった為、受かるはずの受験に失敗。すぐにカツオ工場にアルバイトに出されたという。

浪人覚悟の具志堅少年に、責任を感じた担任教師は那覇市の興南高校受験を勧めた。今度は無事合格。石垣島を離れる事に反対だった両親も折れ、那覇での高校生活は始まった。

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「最初の1学期はおばさんの家に下宿。学校が面白くなくて、もうやめようかなと思って夏休みに石垣島帰ったんですが、やっぱり高校だけは出ようと思って。興南はスポーツが盛んだから何か部に入ろうと」

「同級生にボクシング部に入ってるのがいて、これなら小さい自分でもやれると思って入ったんス。そしたらそこに中学の先輩の仲井真重次(現琉球ジム会長)さんがいて、俺が下宿している風呂屋へ来ないかと」

「そこで掃除なんかのアルバイトをすれば3食付で、下宿代は”タダ”だぞって」

両親への負担を考え、即座に決断した具志堅青年は、那覇市のお風呂屋さんへ下宿する事になった。”沖縄の星”上原兄弟の実家である。


バイト中の具志堅青年と見守る勝栄氏。

学校から帰るとバイトの日々が始まった。「風呂場掃除が一番きつかったスね」。夜遅く12時まで営業の銭湯が終わってからの掃除が終わるのは深夜。凄く当然に、「学校では居眠りばっかり」。(~~)


脱衣場が練習の場。

上原兄弟の兄勝栄氏が、開店前の脱衣場でボクシングを指導する。ボイラー室にはサンドバッグもあった。学校では金城真吉コーチの指導を受けた。放課後、机、椅子を片付けた教室がジムだった。スパーのロープは先輩達。ウッカリ下がると、足で蹴飛ばされるリング。


興南高校ボクシング部。

風呂屋のバイトも全てトレーニング代わり。1日2度の練習は具志堅選手の成長を早めた。インターハイ優勝も果たした後の目標は、オリンピック。大学進学へ心は動いていた。

金平会長との出会いは昭和48年11月。勝吉氏から、「うちにモスキート級で非常にいい選手がいる。フライ級でよくなると思うし、本人もプロに行きたがっている」との情報を得ていた。那覇市では上原兄弟凱旋試合が開催される。

フリッパー上原選手の相手。フェザー級元世界ランカーメミン・ベガ(メキシコ)のスパー相手を務めさせた金平会長は、目を見張る。「懐に入っていくのが非常にうまい。ショートレンジでいいパンチ打つし、ボディも攻めたんですよ」

「勝栄君、これはいい選手だから、ぜひ、うちへよこしてよ」

帰京した金平会長の下へ、「具志堅選手は拓大への進学を決めた」との情報が入る。「これはいかんと思って高橋勝郎マネジャーを石垣島へ行かせたんですよ」。

時のWBC世界Sフェザー級王者リカルド・アルレドンド(メキシコ)に勝利した上原康恒選手のキャンプを石垣島で行ったのである。「具志堅も参加出来るからね」。この辺の仕事は早かった金平会長。高橋マネジャーは、遠洋漁業で留守の父に変わって、母ツネさんの説得にかかる事になった。

 ペタしてね
昭和48年岐阜。「沖縄から具志堅っていうのが行くから」。高校1年生で参加した大竹選手は、上原さんからそう教えられていた。

テレビ放映はNHKだけの石垣島。「ボクシングの事なんて、誰も知らない」(~~)。「息子が力道山なんかとやったら死んじゃう」というお母さんを説得できる訳もなく、高橋マネは白旗を上げた。

ここで諦めないのが金平会長のよさ。父用敬氏と渡りをつけると早速説得にかかった。「泣く事が許されなった」厳しい父は、「当人がやりたいんなら、当人の意志にまかせます」とうれしい返事が帰って来た。

しかし、具志堅選手は勝吉氏とも激しく衝突。ついに拓大を受験。学費免除の約束で合格通知も来た。東京までの飛行機代は、拓大鈴木監督から貰った。心は大学、オリンピックへとはやる。           

「今、具志堅が飛行機乗ったから」

勝吉氏から金平会長へ連絡が入る。

「高橋さん、迎えに行ってあげて下さい」。おそらく、こんな感じの物言いだったろう。そんな、金平会長である。

「羽田空港に着いたら拓大の人いないのよ。変わりに高橋さんがいて、車乗せられて協栄ジムへ連れて行かれた。そしたら、カメラマンがいて、翌日のスポーツ紙に『海老原2世プロ入り』って出てた」

「ホントは逃げようと思ったんスよ」(~~)


金平会長の指導を受ける具志堅選手。奥、高橋マネジャー。

「どうしても大学行きたかったら、うちから行かせてもいいと思ったんですよ。それで、学校が好きかって聞いたら、勉強は好きじゃないと」

シメシメと思った金平会長は一気に攻める。学費免除だったはずの大学から、どういうわけか入学金の払い込み通知が来ていた事も、具志堅選手の心に引っかかっていた。両親には迷惑かけられない。

「具志堅の勉強の仕方じゃ、博士にはなれないでしょ」(~~)

まんまと拉致に成功した金平会長は、「海老原2世」、「リングネームは海老原博幸」、「百年に一人」等とリップサービス。具志堅選手の資質もさることながら、心を迷わせない為との思いやりもあったのだろう。拓大関係者への不義理をずっと後悔していたカンムリワシ。


デビュー前の具志堅選手。

上原選手への契約金1千万円は、とてつもない打出の小槌となった。具志堅選手は13度防衛の名王者となり、その試合振りをTVで見た不良少年渡嘉敷勝男は、「アイツをやっつける」の一心で上京。全く偶然に協栄ジムに入り、僅かに3年で世界チャンピオンになってしまった。

「打倒具志堅!」。一途の想いが、素人から3年での快挙を演じた全てだと思うが、指導陣がその方法を知っていた事は、引き継がれた伝統だ。渡嘉敷選手をゼロから育てた福田先生(F・Iジムオーナー)も、金平会長の指示で海外トレーナー修行を積んでいた。

思いがけない偶然、幸運が舞い込むのも普段の気遣い、行動から。具志堅青年は、拓大へ逃げられなかった。「勉強は嫌いです」。素直な心が、世界への道を開いた。(~~)

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11月16日(月)後楽園ホールで開催されるガッツファイティングで、3戦全KO同士の中村雅敏(協栄)vs在塚太一郎(伴流)戦が実現。”究極の4回戦対決”は、ポスターにも写真入りでアピール。

「Sバンタムで3勝してるんですけど、誰かいませんか?」

「うちにも3勝って子いますよ」

「3KOなんですけど」

「うちも一緒だからいいですよ」(~~)

これまで、バンタム級で戦って来た中村選手。対する在塚選手はSバンタム級。ウェイトは互いに歩み寄り、54.5キロ契約でまとまった。

「逃げられなきゃ、いいけどなァ」(~~)

「もう、BOXING EYE さんに出てましたよ」

「早いなそれは」(~~)

実は中村選手、”逃げられた”ばかりであった。(~~)

「誰かいないかァ」


具志堅選手と中村先生。

電話の声は大竹マネジャーの現役時代のトレーナーも務めた白井・具志堅Sジムの中村先生。

「3戦3KOでよろしかったら、うちはいつでもいいですよ」(~~)

「そうかァ。うちも3戦4KOでなかったらいいよ」(~~)

「じゃあ、決まりでいいですね」(~~)

アウンの呼吸で交渉はあっさり成立。他にも4回戦1試合がまとまった。

「中村、決まったからな。がんばれよ」

「さすがに中村先生。わかってるよ。4回戦のうちから、数字(戦績)ばっかり気にしててもしょうがないんだから」

上機嫌の大竹マネジャーであった。しかし、・・・。

「マネジャー、それまずいよ。強いんでしょう。・・・」

具志堅会長からお断りの電話。

「向こうから声かけといて、・・・」

「選手作るの、そんなに簡単じゃないよ」

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来る話は拒まず。選手にやる気さえあれば、どこへでも出かけて行くし、急な話も受ける。だから、ピンチヒッターの依頼は自然と増えます。(~~)

ジム前で他ジムマネジャーの襲撃を受けた事もある大竹マネジャー。(~~)

「泣きつかれちゃって困っちゃたさー」(~~)

他ジムの興行であったが、8回戦の穴を協栄ジムからのピンチヒッターでまかなった。以来、この襲撃マネジャーの事は買っている大竹氏。思いは通ずるものである。

先日の静岡市の試合もピンチヒッターの依頼を受け、中田敏夫(協栄・1勝1敗)選手を、アマからプロ転向デビュー戦は78秒勝利の柘植雄季(駿河)選手と対戦させている。もちろん、「強い相手とやりたい」という本人の意志あっての事であり、練習はみっちりやっていた。

「協栄さん、強いんでしょ」

「うちは弱いですよ。心配だからセコンド二人つけなくちゃ」(~~)

★中田敏夫vs柘植雄季。映像。

 ペタしてね

敗れたとはいえ、最終回一矢報いた中田選手。悔し涙を忘れず、試合翌日から練習を再開している。負けたが、自信も付けた。何が足りぬか、心に響いたようである。”がんばれ飛雄馬”。(~~)

明日の後楽園ホール4回戦。コーチ義人(角海老宝石)vs小野木協栄(カナエ・協栄)戦も、BOXING EYE さんから『ホープ同士好カード実現』とされているのはうれしいですね。しっかり戦えると思います。

「選手作るのは簡単じゃないよ」

「坂田なんか。トラちゃん(中沼選手)に負けて、1年後にまたやるぞって言われた時、嫌だったろうなァ」(~~)

「好カード。番狂わせ。色々やって来ましたねェ」(~~)


渡嘉敷vs榊原。

渡嘉敷勝男vs榊原隆史(金子) 無敗の新人王との再起戦。
協栄・トーレスvs風来ゆうと(ワタナベ) アマから転向・無敗の挑戦受ける。
東京三太vs前田宏行(角海老宝石) 三太来日出来ず中止は残念。
勇利・アルバチャコフvs渡久地隆人(十番TY) 因縁対決は交渉が二転三転。

大和武士(ワタナベ)vs田島吉秋。加山利治(ワタナベ)vs中野吉朗。「うちは参加するだけ」のはずが勝利。

4勝(4KO)1敗の選手の相手を務める為、1勝5敗選手を連れての地方遠征。この時は1勝選手が地元選手を最終回KOしてしまった。プロモーターたる相手ジム会長さんは、「勝敗は時の運、仕方ないです。・・・・」。

「3戦3勝なんて毎年たくさん出て来るんだからさァ」

「そんなの気にしてたら世界なんていってられないよ」

11月16日(月)後楽園ホール。3戦全KO対決お楽しみに!

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亀田兄弟vs上原兄弟

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2度目の世界挑戦は0−2判定負け。またしても世界王座奪取ならなかった亀田大毅(亀田)選手は、WBA世界フライ級王者デンカオセーン・カオウィチット(タイ)へ再戦要求。パナマのWBA本部へ資料は送付され、裁断を待つ。

たくさんのご意見を頂きましたが、こちらのアンケートの結果では、亀田大毅の再戦要求は妥当? 。約85%の方々が、再戦は妥当でないとの回答。

WBA同級暫定王者ルイス・コンセプシオン(パナマ)は、コロンビアで開催されるWBA総会期間中(16〜22日)の11月19日、パナマシティで元IBFミニマム級王者ロベルト・レイハ(メキシコ)相手に初防衛戦を予定。果たして王座統一戦は義務付けられるのか?亀田陣営の再戦要求は?

昭和47年(1972年)。沖縄本土返還の年 。上原康恒&晴治選手の上原兄弟は、協栄ジムからプロデビューが発表される。”沖縄の星”は、大きな期待を集め、内緒で契約金一千万円貰った程。これは凄い金額です。



金平正紀会長のスポンサーが支払ったという契約金。四谷に3LDKのマンションも提供された。後、契約金なしでプロ入りの具志堅用高選手は、このマンションに居候。中真 茂 選手(沖縄WR会長)も同居組。

兄康恒選手はハワイのスタンレー・イトウ先生の下へ預けられ、11月14日6回戦でプロデビュー。4回KO勝ちで初陣を飾っている。1週間後の21日には早くも第2戦に挑んだが、終了ゴング後の反則打で敗れる。しかし、これはご愛嬌と言う事で、その後は連勝を続け4勝(3KO)1敗の成績で帰国。

弟晴治選手は、73年1月11日ロサンゼルスでプロデビュー。ロスでトレーナー修行中の渡辺 剛 氏とコンビを組んだ。7月までに4戦全勝(3KO)。そのエネルギッシュなファイトは人気を集め、プロ3戦目には10回戦。

勝利のリングで行う宙返りから、”フリッパー”のリングネームを名乗る。メインジムでは17戦全KOのダニー・ロペス(米・後WBC世界フェザー級王者)からダウンを奪って見せた。



帰国後、康恒選手は日本Sフェザー級4位。フリッパー選手は、早くも日本フェザー級1位にランクされた。帰国後3連勝、5連続KO勝利の康恒選手に、73年11月世界のチャンスが訪れる。

地元沖縄で時のWBC世界Sフェザー級王者リカルド・アルレドンド(メキシコ)と対戦。世界王座を賭けての戦いになるはずだったが、WBCの許可が得られずノンタイトル12回戦に変更される。フリッパー選手は元世界ランカーメミン・ベガ(メキシコ)と対戦する。

この時、上原兄弟から紹介されたのが具志堅選手。小さいのに躊躇なく相手の懐にもぐりこむ高校生を見た金平会長は、心動かされるものがあったようだ。”100年に一人”も契約金はなしでした。(~~)

現役世界王者を一方的判定に破った康恒選手は、一躍世界4位にランクされた。次はタイトルを賭けての契約もある。気負いこんだ康恒選手だったが、アルレドンド挑戦は実現しなかった。


康恒vsアルレドンド。

「世界まで距離がある時は、『世界、世界』と無理にでも言いますが、『世界』が射程圏内に入ったら、勝てる勝負しかしませんよ」(金平会長)

時を同じく、ベン・ビラフロア(比)とのリマッチに破れ、WBA世界Sフェザー級王座を失ったばかりの柴田国明選手を擁する米倉会長から、挑戦権の譲渡話が来た。

「いいですよ。頑張ってくださいよ」(~~)

「ありがとうございます。勝ったら必ず上原君とやりますから」(~~)

この時、金平会長、米倉会長は同じ全日本協会派に属していた。協会分裂の時代。反対派にいた門田新一(三迫)選手は、アルレドンドとのノンタイトル戦、WBC世界ライト級王者ロドルフォ・ゴンザレス(メキシコ)への挑戦を、この両会長に先を越された形。これは不運でした。

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上原戦から3ヶ月、アルレドンドは初回KO負けからの再起戦の柴田選手に王座を明け渡す。だが、柴田vs上原戦は実現しない。この辺りは色々ありますね。(~~)

世界挑戦を熱望する康恒選手は、ハワイでの挑戦話に大きな自信を見せた。ベン・ビラフロア。サム・イチノセ氏に見いだされたハードパンチャーは、柴田選手から王座を奪い返し、意気揚々2度目の防衛戦。

「一応、上原にも話してみる」だけのつもりだった金平会長だったが、上原選手の情熱に押し切られる形でゴーサインを出す。しかし、プロ入り2年に満たない康恒選手の王座アタックは、キャリア不足をさらけ出し、「後半勝負」の作戦を忘れ、初回から突っかかっていった挑戦者は、何も出来ず2回TKO負け。思いでのホノルルで失意の涙を流す。

日本王座からやり直し。マニラ遠征等も経験、慎重にその時期を待ち続けた康恒選手が世界王座を掴むのは、失意のホノルルから7年も後の事。後輩具志堅選手に追い抜かれた悔しさを、「俺にだって出きる」と言い聞かせて来た長い道のりだった。

 ペタしてね

一方のフリッパー選手も、元ランカーベガを破り世界への道を驀進。金平会長は勝負に打って出る。74年7月、世界ランカーヒューゴ・バラサ(コロンビア)に挑むも、技巧派バラサの前に4回KO負けで初黒星。しかし、強気の金平会長は再起戦の相手に古豪サミー・ゴス(米)を指名。インターバル僅かに2ヶ月。


フリッパーvsベガ。

元世界上位ランカーゴスと引き分けたフリッパー選手は、一月後再び世界ランカーと対戦する。金平会長、もの凄い執念であります。だが、後の世界王者リゴベルト・リアスコ(パナマ)の前に判定負け。またもや世界ランク入りはならなかった。

出直しは日本タイトル。5ヶ月の休養の後、牛若丸原田(笹崎)選手の持つ日本フェザー級王座に挑戦。見事にこれを奪い再出発を果たしたフリッパー選手。初の世界挑戦は同僚シゲ福山選手の代理でガーナまで飛んだ。

荒波に揉まれた元祖”沖縄の星”上原兄弟。勢いがあるうちに世界ランク入りを目指し、後はキャリアを積ませる。失敗後の出直しは日本タイトルから。「そうしなければ世間が納得しないでしょう」。

具志堅選手は、強打の世界ランカーセサール・ゴメス・キー(米)との試合で世界ランクを奪い。新設されたばかりのLフライ級という事で、一気に世界挑戦に及んでいる。

「具志堅にはデフェンスを教えている時間がなかった」(渡辺トレーナー)

現在の世界王座統括団体がどんな答を出しても驚くにはいたらない。WBAはどんなお達しを出すのだろうか。コンベンションを前に注目されます。

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今年3月、日本ミニマム級王座決定戦で敗れた 辻 昌建(帝拳)選手がリング禍に遭遇して以来、JBC(日本ボクシングコミッション)と、JBBA(日本プロボクシング協会)は一致協力し、リング禍の徹底防止を図ってきた。後楽園ホールの各コーナーには、JBCがインスペクターを配置。試合状況をにらみ、早めのドクターチェックを徹底させている。

タイ人ボクサーが試合後死亡、頭に衝撃受け(読売新聞)
辰吉に勝った19歳タイ人急死(日刊スポーツ)

今年3月、タイ・バンコクで元WBC世界バンタム級王者辰吉丈一郎選手を7回TKOに降していた、タイSバンタム級1位サーカイ・ジョッキージム(19)選手が、12日福岡県・宗像ユリックスで開催された試合で10回TKO負け。その直後に意識を失い約3時間後に死亡。

「エッ、3時間ですか!」

知らせてくれたジョー・ルイチュ さんの声も沈みがち。

「もうこういうのはいいですよ」

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タイのリングに上がった辰吉選手は、JBCライセンスが更新されていなかった。JBCはタイ側に辰吉選手をリングに上げぬよう要望を発していた。それは、健康管理問題に尽きる。そして、サーカイ選手(本名・ソムブーン・ウィアンチャイ)のリング禍を受け、タイ側からも驚きの発言が。

『サーカイ・ジョッキージム選手の体についてはタイ国スポーツ観光省傘下のPBATの健康診断を通っていなかった。(そういった選手が海外で試合をするのは)間違った手続きだった。』

発言の主は、タイ国プロボクシング協会(Professional Boxing Association of Thailand, PBAT)会長。バンコク愚連隊 さんが詳しく書かれています。


【ボクシング】続報 サーカイ・ジョッキージム(BOZZEさん)

タイ側でも、選手管理と健康管理問題が大きくクローズアップ。今後、タイ選手を多く受け入れる日本側も、一段と厳しい外国人選手管理方針を打ち出すだろう。


ペタしてね

九州リングでは、7月5日北九州市の興行でこんな事件も起こっている。ミニマム級10回戦。土生拓郎(折尾)vsウイレンサック・シットサイトーン(タイ)。

『土生のダメージが深いので、試合終了をDRが勧告するが、試合は続行』

土生選手は5回KO負けを喫する。救急車で搬送されるも、幸い大事には至らなかった。

何の為のDR勧告なんだ・・ミニマム級10R(ジョー・ルイチュさん)
【日vsタイ戦・ドクターストップ勧告無視!?】

最近の後楽園ホールはストップが早い。先日の8回戦でも、終了ゴングかと思ったらストップ。何事が起こったのかよく理解出来なかったが、結果は厳粛に受け止めねばならない。

先の静岡市のリングでも、インターバル中のダメージチェックは早かった。白衣着用のドクターが、リングエプロンから選手の状態を観察。JBCの方針は徹底されていた。

9回までは止められる展開ではなかったというが、サーカイ選手のリング禍を受け、すぐに頭に浮かんだのは土生選手の件。

「レフェリーストップなど対応は適切」(RKB毎日放送)

早いストップ。ほぼ、現場は受け入れていると思います。一昔前のような猛抗議は聞かれない。全てはリング禍防止の為に。サーカイ選手のご冥福をお祈り申し上げます。 ー合掌ー

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「エッ、ホントですか!」

清水さんの突然の悲報を聞き驚いた。カカアコジムへ行く度に、合宿生共々、大変お世話になりました。「オオ、金元いるかァ〜」。何の前触れもなく突然やってこられることも度々。ドライブ、食事、カラオケ。また、ビジネスの話。

「困ったことあったら何でも言って来いよ」

62歳。余りに若く、突然の訃報である。清水精 ? Rafu Shimpo

戦後第2代の日本Sバンタム級チャンピオン清水 精 (クワシ)選手。ヨネクラジム所属。宿敵中島建次郎(船橋)選手との第2戦目は、昭和44年度の年間最高試合賞(下写真)を獲得している。


中島vs清水・第2戦。

中島選手との3戦は、いずれも先にダウンした方が勝つという激しい試合だった。

昭和22年8月27日山梨県甲府市生まれ。中学2年の時、埼玉県蕨市に移住。父清氏は元日大選手。男ばかりの4人兄弟の末っ子。東京都北区の成立学園高校在学中からボクシングジム入り。

「最初は王子の帝拳ジムへ行ったんですが、前に喧嘩したヤツが練習していたので、やめてヨネクラジムへ入ったんです」

アマ戦績16勝(13RSC)2敗。プロデビューは昭和39年(1964年)12月25日。山口 強 (ベア)選手との試合は、「リングに上がったらカーッと上がちゃってどうなったかわからず。控え室へ帰ってはじめて判定負けと知り。やっぱりプロは強いやと思いました」

「とにかく殴られるとカーッとしちゃって向っていくもんだから、バンとやられちゃう」(~~)

「やられても君の試合は面白いからお客は喜ぶよ」(~~)

”栄光か死か!”。”KOセールスマン”。いさぎよく、倒すか倒されるか。派手で見るものをしびれさせたボクサー、というのが清水選手評である。


学生服姿の王者。クーちゃんの愛称で親しまれた。

清水選手が王座9度防衛中の太郎浦一(新和)選手を降し、初めて日本王座を獲得したのは昭和44年2月12日。専修大学在学中の学士チャンピオンの誕生。だが、4月30日の初防衛戦では、中島選手に初回ダウンを奪うも二回3度倒されKO負け。自分に何が起こったのかわからない程の大きなショックを受けた。

7月23日ダイレクトリマッチ。再び挑戦者となった清水選手は、「この試合に負けたらグローブを捨ててアメリカへ行こう」と心に決めていた。

前半チャンピオン優勢。中盤から盛り返した清水選手であったが、7回中島選手の右フックで痛烈なダウンを喫する。

「ダウンした時、ポイントアウトの考えは捨てました。KOでしか勝てないと」

こう決めた清水選手は立ち上がるや猛然と反撃。そして続く8回、「生涯最高の右アッパー」が、王者のアゴを捕らえる。両手を挙げ勝利ポーズの清水選手、中島選手は必死に立ち上がろうとするが、体を一回転させうつぶしたまま動かない。テンカウント。




中島vs清水・第2戦。

生涯最高の勝利を飾った清水選手。人生とは不思議なもので、「負けたらアメリカへ行こう」の思いは勝利して実現する事になる。「プロボクサーになったのは、海外へいけるチャンスがあったから」

これまでも、グァム、韓国遠征を経験。特にグァムはお気に入りで何度も遠征している。あちらのリングでも人気者だったが、「自分は1ドルしか持っていかなかった」というハングリー精神も持ち合わせる。「試合まで外出せず集中し、ファイトマネー貰うまで我慢する」

再度王者に就いた清水選手は生まれて初めてハワイの土地を踏む。1969年9月16日ホノルル遠征した日本王者は、カーリー・デキノ(比)と対戦するも3回TKO負けの記録が残る。

「俺はヨネクラだけど、協栄の選手と仲いいんだよなァ」(~~)

”ガチンコ”で有名な沖ジム宮下会長とは兄弟分。宮下選手もハワイ、ロス等のリングで活躍した。ハワイでは、8千人以上の観衆を呼ぶ人気選手であった。

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日本王者清水選手がそれまでで一番悔しかった試合は、「東日本新人王の決勝で新関徳幸(協栄)君に負けた時です」。腕を痛め、6回判定負けで新人王の座を逃していた。

その新関選手もホノルルのリングが最後で、69年網膜はく離で引退。トレーナーに転進した新関氏は、スタンレー・イトウ氏の下でトレーナー修行を積む為、再びハワイへ渡っている。(現在はテキサス州在住)。

11月19日中島選手との第3戦目は、初回ダウンを喰らった清水選手が2回に2度倒し返しKO勝ち。王座防衛に成功する。しかし、翌70年11月、伏兵アタック原田(クラトキ)選手に意外な10回判定負けで王座に別れを告げる。

1年後、韓国での試合を最後にグローブを置いた清水氏は、ハワイで観光業のかたわらプロモーター業を開始する。吹打 龍 (ヨネクラ)選手、大久保克弘(三迫)選手等多くの日本選手の面倒も見た。

「世界チャンピオンも作ったんだよ」

「エッ、誰ですか?」

「ローランド・ナバレッテ(比)」

「あのナバレッテですか」

80年4月アレクシス・アルゲリョ(ニカラグア)の世界王座長挑戦に敗れたナバレッテは、81年1月清水氏のプロモートによって、ハワイのリングで再起。8月29日WBC世界Sフェザー級王者コーネリアス・ボサ・エドワーズ(ウガンダ)挑戦のチャンスを掴む。

遠くイタリアでの挑戦だったが、ナバレッテは5回KOで見事世界王座を獲得。”バッド・ボーイ”ナバレッテは、世界チャンピオンになり一躍祖国の英雄となった。しかし、この時ビジネス的に色々といやな思いをされたらしい。ボクシング界と一戦を引く原因になるはこの当りにありそうでした。

「金平会長にはよくお客さん紹介してもらったなァ」(~~)

ハワイで観光業も営んでいた清水氏。その頃のお話もタップリ聞かせてもらったが、かなりヤンチャな事もやられていたようで、聞かされる逸話はまるで映画のワンシーンさながら。「メチャクチャやってたなァ」

「羽切(サムライ・元ヨネクラジム)も死んじまってなァ。俺は人に恵またよ。ハワイに来るのは、墓参りに来る様なもんだよ」


左から清水氏、マルオ氏(元選手)、イトウ先生。07年パール・シティ。

「クワシのオフィス、すっごく大きいねェ。ビックリした」

スタンレー・イトウ先生が驚かれていた。近年、月に一度開かれるハワイ・ボクシング界のミーティングにもよく参加されていました。「最近、つまんないんだよなァ」とおっしゃられていた清水さんの心にあったのは、やはりボクシングのようです。

「クワシ来ると忙しいよ僕」

イトウ先生を大変大事にされておられる清水氏は、ハワイボクシングの界活性化を願い、11月28日に拓大チームとの対抗戦をホノルルで開催すべく尽力されていました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。 −合掌ー

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WBA世界フェザー級戦と同じリングで行われたWBO世界Sバンタム級タイトルマッチは、王者ファン・マヌエル・ロペス(プエルトリコ)が挑戦者9位ロジャー・ムタグワ(タンザニア)に大苦戦。12回激闘の判定勝ちで5度目の王座防衛に成功した。

オフィシャルのスコアは、116−111、115−111、114−113の3−0でロペスを支持。


撮影、Sumio Yamada

挑戦者はこれまで26勝(18KO)12敗2分の戦歴。キャリア14年の30歳。

米国を主戦場としているが、特に目立った活躍はない。


撮影、Sumio Yamada

だが、この試合はロペスのキャリアで一番の苦戦となる。

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撮影、Sumio Yamada

第5ラウンド、ダウンをスコアした王者だが、挑戦者も最後まで激しく抵抗。

 ペタしてね
撮影、Sumio Yamada

初めて12ラウンド戦ったチャンピオン。

【WBA世界フェザー級戦・ガンボアvsガルシア】

14連続KO勝利を阻止されたチャンピオンは、27勝(24KO)不敗。ウィルフレッド・ゴメスの再来は、世界王座連続KO防衛記録更新も期待されていたが、これは途絶えた形。170センチの身長を考えると、フェザー級転向も時間の問題なのかもしれない。


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10日(現地時間)ニューヨーク・マジソンスクェアガーデンで開催されたダブル世界戦。WBA世界フェザー級正規王者ユーリオルキス・ガンボア(キューバ)vs挑戦者13位ワイベル・ガルシア(パナマ)の一戦は、王者ガンボアガ強く、4回58秒で挑戦者をレフェリーストップに追い込み、王座初防衛に成功した。




撮影、Sumio Yamada

試合は初回からガンボアガ楽々ペースを握った。


撮影、Sumio Yamada

4回強烈な右でダウンを奪ったチャンピオン。


撮影、Sumio Yamada

立ち上がったガルシアだが、スモーガー主審が割って入る。



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撮影、Sumio Yamada

試合は4回58秒で終了。楽々王者ガンボアがタイトル初防衛に成功。

 ペタしてね 
撮影、Sumio Yamada

日本でもお馴染みのイスマエル・サラストレーナーとコンビを組むチャンピオンは、これで16勝(14KO)無敗。


撮影、Sumio Yamada

中央ボブ・アラム。右はガンボアと契約を結ぶトルコ人プロモーター、アーメッド・オナー。ビッグファイトが待っていそうですね。


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ショック!リナレス初回KO負け!

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まさか!

あのホルへ・リナレス(帝拳)選手が初回KO負け。挑戦者ファン・カルロス・サルガド(メキシコ)の左フック一発の前に、僅か73秒でWBA世界Sフェザー級王座を失った。

「会場静まり返りましたよ」

「左フックだったと思うんですがテンプル。右だと言う人もいて」

試合会場のジョー・ルイチュ さんから電話が入る。何かよっぽっどの事が起こったなと思ったら、リナレスのショッキングなKO負けのニュース。わが耳を疑ってしまいました。

ボクシングは怖い。


撮影、Sumio Yamada

「サルガドは前に出て打ってくるタイプのようですよ。パワー型」

「勝ちは動かないと思いますが、手を焼く事は考えられるかも」

「リナレスより大きいんだろ」

「ハイ」

「リナレスも打たれたら、脆いからなァ」

この一言は頭に引っかかりました。大きい、前に来る。それでも、このような結果になるとは予想だに出来ませんでした。昨年大晦日の坂田健史(協栄)選手の悪夢と重なります。

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「笛木( 亮 ジャパンスポーツ)、リナレスだって貰ったら1ラウンドだよ」

ニューヨークへ帰られた山田純夫氏からも電話が入る。

「まさか負けるとは。それも初回KOなんて。ビックリしましたよ」

歓喜の涙にくれるサルガド。

「神に感謝します」

そして続ける。

「誰も自分を信じてくれなかったが自信はあった」

「彼は自分より未来を見過ぎたのではないか」

マネジャーとのトラブルから出世路線をはずれ、ブランクを与儀なくされたサルガド。そんなサルガドを挑戦者の地位に引き上げたのは、他ならぬゴールデンボーイ・プロモーションだ。

 ペタしてね
撮影、Sumio Yamada

デラホーヤの期待がプレッシャーになったか。

「普通に戦い。予期せぬパンチを貰ってしまった」

「今まで以上にチャンピオンになりたいという気持ちで頑張る。いつでも、どこでも、だれとでも戦う」

リナレス選手のこの言葉を信じ、カムバックロードを見守りたいと思います。

リマッチ希望。

それは、全てを賭けた勝負になりますね。

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昨夜ファンの方からメールで知らされました。(~~)

タイ・バンコクポストに、『大晦日、デンカオセーンvs坂田再戦と、プーンサワットの防衛戦をセットで。プーンサワットの挑戦者は、木村選手か 、大橋選手が対戦候補?名城が坂田戦嫌った為の再戦?』

タイ・バンコクポスト Denkaosan likely to face Sakata in Dec

以上、ギャラクシージムのニワット会長がコメントしているようです。フライ級デンカオセーン・カオウィチット、Sバンタム級プーンサワット・グラティンデーンジムのWBA2王者を要するニワット氏。

 ペタしてね
ニワット会長(左)  撮影、Sumio Yamada

アイルランドで地元の正規王者バーナード・デューンを豪快にノックアウト。見事王座統一に成功したプーンサワット。

「あれは凄い倒れ方だったぞ。あれじゃ、もう出来ないよ」

ダメージ深いデューンは病院送りとあいなった。

プーンサワットの挑戦者候補の2人。日本王者木村章司(花形)選手は、1位芹江匡晋(伴流)選手を相手にした防衛戦が12月14日に予定されている。OPBF王者大橋弘政(HEIWA)選手は、11月28日ノンタイトル戦が決まっている。

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どこまで話が本物なのかは、ビジネスにはタッチしていない私にはわかりません。しかし、王者のマネジャーの発言ですから大いに気になります。しかし、海外からアドバルーンあげて、条件厳しく有利に交渉に持ち込むというケースも多々ありますから。亀田陣営からの再戦要求もありますし。


プーンサワット(左)とデンカオセーン。   撮影、Sumio Yamada

世界挑戦を熱望してやまない32歳木村選手。やらせてあげたいですね。

坂田選手も、昨年大晦日のリベンジが出来るのならば望むところだと思います。現場としても気合が入ります。

世界戦ビジネスは複j雑。今後の交渉の成り行き、見守っていきたいと思います。

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本物!西岡利晃&ホルへ・リナレス

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いよいよ、明日ゴングを迎える帝拳ジム2王者のダブル世界タイトルマッチ。WBC世界Sバンタム級王者西岡利晃選手は、同級5位イバン・エルナンデス(メキシコ)と3度目の防衛戦。WBA世界スーパーフェザー級王者ホルヘ・リナレス(帝拳)選手は、同級6位ファン・カルロス・サルガド(メキシコ)を相手に2度目の王座防衛を目指す。


撮影、Sumio Yamada   ★EVERLASTミニグローブ&キーリングス →携帯からご注文

西岡選手は、5月メキシコで指名挑戦者(元WBO世界バンタム級王者)ジョニー・ゴンザレス(メキシコ)を、3回見事な左ストレート一発でKOに破り、大観衆のブーイングを歓声に変えた。

チケットは売り出し段階で売り切れ。現在は2〜3倍のプレミアムが付いているという。そして、この試合をコアなボクシングファンは見逃さず、観戦に集まってくる。

「西岡の凱旋試合は駆けつけなければ」

「リナレス、日本で初めての世界戦ですから。応援行きますよ」

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残念ながらチケット入手ならなかった皆様は、10日午後3時からWOWOWエキサイトマッチ・スペシャルが無料で視聴出来ます。お見逃しなく!

西岡選手の名前を大きく世界にとどろかせたゴンザレス戦。敗者はフェザー級転向したが、最新ランキングで前王者粟生隆寛(帝拳)選手のすぐ下、4位に付けている実力者であった。今度の挑戦者は、元WBO世界Sフライ級王者エルナンデス。


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無敗のエルナンデスが、初防衛戦で同国人フェルナンド・モンティエルに王座を追われたのは05年4月の事。06年6月、西岡選手の前の正規王者イスラエル・バスケス(メキシコ)に挑戦するも、カットによる出血で4回終了棄権負け。

スピード型エルナンデスは、パワーヒッター・バスケスの前には脱帽の態であった。西岡選手は捕まえきる事が出来るか。Sフライ級でも非力と言われたが、25勝中15のKO勝利がある(3敗1分)。挑戦者自慢のスピードボクシングにどのように対処するのか。自信を付けた王者の戦いに注目。勝てば再び海外ビッグファイトが待っている。


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さて、日本でデビューするも今度が初の日本開催世界戦登場となるリナレス選手。オスカーデラホーヤ率いるゴールデンボーイプロモーションとの共同プロモート契約もまとまり、いよいよ世界のビッグスターへの道を歩み始めた。

「帝拳にいいのがおるよ。なんてったっけかなァ〜・・・、外人だけどあれはいいよ」

「アッ、リナレスですね」

「そうそう、あれはいいボクシングするよ」

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協栄ジム草創期。”鬼の山さん”と、選手達から恐れられていた(某先輩から聞きました)(~~)という山神ジム・山神淳一会長からそう聞かされたのは、リナレス選手がまだデビュー仕立ての頃。7年のプロキャリアを積み、既に世界2階級制覇を果たしたベネズエラのゴールデンボーイは、まだ24歳。

挑戦者サルガドは20勝(14KO)1分と無敗対決となる。身長175センチは2センチ王者を上回る。メキシコでは将来を大きく嘱望された存在であるが、ビジネス・トラブルで約1年半のブランク。今年に入って再起し2勝をあげている。

パワー型で前に出て来る挑戦者を、チャンピオンが動いて捌きながらカウンターでチャンスを狙うという展開が予想される。負けはないと思いますが、安全に勝ちに徹すると試合はおとなしくなるのかもしれません。しかし、KO防衛を期待される王者が、きっと見せ場を作る事でしょう。


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「リナレスのボクシングをもっと日本のファンに観てもらいたい」

昔、帝拳ジム本田会長がおっしゃっておられました。ぜひ、普段ボクシングを観られない方々にも観てほしい、そんな選手です。

残念ながらグルメなボクシングカメラマン山田純夫氏は、この試合を前に帰国され、10日(現地時間)ニューヨークで開催されるWBA世界フェザー級正規王者ユーリオルキス・ガンボア(キューバ)vsワイベル・ガルシア(メキシコ)戦と、WBO世界Sバンタム級王者ファン・マヌエル・ロペス(プエルトリコ)vsロジャー・ムタグワ(タンザニア)戦の取材に向われました。

26戦全勝(24KO)のレコードを誇る豪腕ロペス。15勝(13KO)無敗のガンボア。近い将来、二人の対戦あるんでしょうかねェ。(~~)

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6日、WBA世界フライ級王者デンカオセーン・カオウィチット(タイ)に挑み、12回判定負けを喫した同級11位亀田大毅選手を擁する亀田ジムは、この判定を不服としWBAに再戦要求。ビデオと文書を提出。今週末にはWBA本部のあるパナマへ行き直訴の予定。

大毅、大みそか再戦も!ジムが要望書提出へ(デイリースポーツ)


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「前半は確実に取っている」の亀田ジム五十嵐会長だが、手数が余りに少なすぎた。前半4回を全て王者に与えたジャッジに不信感を表したが、4ポイントデンカオセーンでもおかしくはない流れであったように思う。

他2ジャッジの前半4回までのスコアは38−38、39−37といずれも亀田選手が劣勢なだけに「前半は確実に取っている」は、説得力に欠ける。

「3ポイント勝っている!」

戦前、反則は厳しく取り締まると確認されていた。王者のクリンチワークに対し減点されなかった事も不服としているが、これは試合後ラファエル・ラモス主審の、「試合の流れの中で減点を取るまでに至らない行為」が確認されている。

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『ボクシング関係者は「昨日の判定ならまったく問題ない。普通なら(再戦は)認められないのではないか」と話す。』 → 亀田ジム 年内再戦を要求(中日スポーツ)

確かに普通ならダイレクトリマッチが認められるようなケースではないように思いますが、これは実現するのでは。

放映したTBSの視聴率は平均19.1%で、同日の全番組中第2位(1位はNHKニュース7)。視聴率低迷が叫ばれるTBSでは、10月に入って一番の数字となった。来月29日にはWBC世界フライ級タイトルマッチ内藤大助(宮田)vs亀田興毅(亀田)の大一番放映を決めているTBS。

もしも、大晦日デンカオセーンvs大毅選手のリマッチが決まれば、3ヶ月続きの世界戦放映。しかも全てがゴールデンタイム。他局ではとても考えられないが、これほどの視聴率を稼いだとあればボクシングのTBSは積極的に動くだろう。

TBS片山プロデューサーは、「視聴者が大毅選手の成長に関心を寄せた結果がこの数字につながった。試合内容が良かったのも要因の一つ」と語る。 → 大毅の世界戦、関西瞬間最高30・2%(デイリースポーツ)


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試合内容云々に付いては、物足りない印象というご意見をコアなボクシングファンの皆様からたくさん頂いておりますので、一概に「試合内容が良かった」とは言い切れないでしょうね。しかし、普段ボクシングを見られない視聴者の皆様が「良かった」と感じてくれていたのなら良い事です。

WBA総会は11月16日からコロンビアで開催される事がようやく発表された。確か今年は会長選挙が行われる年次になると思います。ランキングアップ、指名戦権利等が最大の決め事となる総会。それまでに結論を・・・。

WBA立会人アラン・キム氏は、「WBAに再戦を勧めたい」と亀田陣営を後押しするのは強い。早ければ今月中も再戦が認められるというのもうなずける。

WBA同級暫定王者ラファエル・コンセプシオン(パナマ)とデンカオセーンの王座統一戦の動きもない。WBA恒例のKOドラッグ・ファイトでベルトを獲得したコンセプシオンは、コンベンション・ファイトがあってもおかしくない。

   

「年内に日本で防衛戦をやる」(ニワット会長。)ファイトマネーがいい大毅選手との再戦は、王者側にとっても異存はないだろうとは、試合後のあの喜び方からも想像出来る。

「デンカオ、今度は誰とやってもやられちゃうんじゃないの」(~~)

試合後の正直な感想である。まさか、大毅選手が次の相手?というのは想像していませんでしたけど。

年内日本に異存のないニワット会長の口から出た挑戦者候補は、早くから大阪での再戦を希望していた久高寛之(仲里ATSUMI)選手と、前王者坂田健史(協栄)選手。坂田選手の名前が出たのはビックリでしたが・・・。

さて、大毅選手が再挑戦したならば?

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十分にチャンスはあるでしょう。明らかに下り坂に見えた王者。まだ若い挑戦者は減量苦はあるにせよ、もっとうわずみが期待される。ただし、王者の引出しはまだまだあり、大毅選手が出方を変えた場合、戦い方を変えるでしょう。しかし、後半は必ず落ちる。

興毅選手の挑戦を受ける内藤選手も、ダウンを喰らった前戦の影響から、その仕上がり、出来具合が最大のポイントと注目されている。ベテランに蘇りはあるのか?デンカオセーンも同じですね。

何が承認されても驚くに足らない最近のWBA。そもそも、リターンマッチ禁止という原点からタイトル承認団体は力をつけて来たのだが・・・。

古くからのビデオ収集マニアが、少し前、ボクシング界に絶望して貴重なテープを処分されたというお話を最近j聞きました。とても残念です。ファンあってのプロスポーツ。ベテランファンの気持ち、大事にしていきたいものです。

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亀田大毅(亀田)選手のWBA世界フライ級王座奪取はならなかった。ポイント差こそ僅かだったが、それは完敗のように見えた。王者も思った以上ではなかったが・・・。

【デンカオセーンvs亀田大毅・本人はわかってる!】

亀田ジム陣営は敗者としては異例の一夜明け会見を開く模様。

大毅また世界の壁…それでも父は「抗議する」(毎日新聞)
亀父「勝ってるやろっ」大毅世界奪取失敗(スポーツ報知)
興毅判定負けに不満、WBAに提訴も/BOX(サンケイスポーツ)

WBA世界タイトルマッチ。王者デンカオセーン・カオウィチット(タイ)vs11位亀田大毅(亀田)。


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挑戦者入場。



国歌吹奏。意気あがるチャンピオン陣営。



チーフセコンドは、日本にもお馴染みの元世界王者オスカー・ラリオス(メキシコ)に付いていたエディトレーナー。




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デンカオセーンの右ボディから試合は始まった。





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手が出ない挑戦者を攻めるチャンピオン。狙いはボディ。しかし、切れ、迫力には欠けていた。






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前半戦。両選手共、アクションに乏しい展開が続く。だが、手数の差でポイントは王者だろう。







王者の右と挑戦者の左。挑戦者がようやくラウンドを押さえたのは6回。しかし、7、8回と再び王者のペースで試合は進む。

「デンカオ楽にやってるなァ。前に来ても手出さないからなァ」

「だけど疲れましたね。両方とも」(~~)

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父史郎氏はリングサイドから激を飛ばす。



兄興毅選手のアドバイスに耳を傾ける挑戦者。



挑戦者のベストショットは、この左ボディブロー。

 
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時折見せた右ストレート。もっと爆発的攻撃シーンを期待していたが、前に出るだけで最後まで手数が少なかった大毅選手。消化不良の原因はやはり減量だろう。もちろん、キャリアの差もあるが・・・。

前に出て押し込んだ所で手数をまとめるべきだった挑戦者。



11回。下がる王者を追う大毅選手。

「負けてるから出てきたんだろう」

この回は挑戦者がハッキリとポイントを奪った。


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どちらも大きなチャンスを掴めないまま試合終了。即座に王者は両手を高々と上げ勝利ポーズ。



114−114。115−113が2者。

ともかく王者は2度目の防衛に成功した。大毅選手は2度目の世界挑戦にも敗れた。


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大きな喜びを見せた王者デンカオセーン。



3度目の防衛戦は、「年内に日本で。坂田と久高からオファーが来ている」とは、ギャラクシージム・二ワット会長。

判定負けの亀田陣営が再戦要求へ WBA世界フライ級戦(47NEWS)

試合の立会人を務めたアラン・キム氏(韓国)は「個人的な意見として、いい試合だったので、WBAに再戦をすすめたい」と述べた。

ウ〜ン。ちょっと言葉が出ないですね。

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6日、大阪で開催されたWBA世界フライ級タイトルマッチ。王者デンカオセーン・デンカオセーン・カオウィチット(タイ)vs挑戦者・亀田大毅(亀田)の一戦は、チャンピオンが2−0判定勝ちで2度目の王座防衛に成功した。

スコアは114ー114が一人と、115−113が2者。まさに薄氷を踏む思いでの王座防衛となったデンカオセーン。

手数の差でもっと差が付いていると思った2−0判定は意外な気がしたが、報道機関の論評は様々。大毅選手の鋭い左ジャブが・・・、としている毎日新聞等、まちまちである。


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最終回終了ゴング直後の両選手の表情。

手数で大きく勝った王者の勝利は不動のように思えた。その調子云々は別として。挑戦者はもっと積極的に攻めなければならない。


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健闘エール交換。大毅選手の表情は、極めて正直のように思われる。もっと、暴れるのが大毅選手ではなかったか。

王者に続き、挑戦者が肩車で勝利ポーズには違和感を覚えました。

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とにかく勝った。また、稼げる。喜びの勝者デンカオセーン。


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勝者には、久高寛之(仲里ATSUMI)選手、坂田健史(協栄)選手からオファーが来ている(毎日新聞)というニワット会長。年内にも日本で防衛戦を行う意向のようだ。

坂田陣営からオファー。

私にはちょっとわかりません。だけど、借りは返したいですね。

PABA王座防衛戦でもやっているかのように楽に動いていたチャンピオン。だが、それ以上のものはなかった。もう出せないのかも知れない。そんな感じも受けました。

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今夜ゴングを迎えるWBA世界フライ級タイトルマッチ。王者デンカオセーン・カオウィチット(タイ)vs挑戦者・亀田大毅(亀田)。両選手は昨日、正午から行われた計量を無事クリア。試合の模様は今夜19時55分からTBS で放映される。


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通常よりも早い計量時間はウェートのきつい両陣営合意によるものだろう。王者50.7キロ。挑戦者はリミット一杯50.8キロで秤を降りた。


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脈拍数毎分85。王者は直前まで汗を出すスタイルで計量に挑んだと思われる。ウェートのきつい選手には良く見られます。


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挑戦者の減量も心配されたが、一発でクリア。

ほんとかどうかはわかりませんが、「試合までに10キロぐらい戻すよ」の発言も。

亀田大毅、一瞬“よい子”も…最後はメンチ切り!(スポーツニッポン大阪)

王者陣営からは、セコンドにつく兄・興毅と弟・和毅がリングエプロン(リング上のロープの外側)に上がれないようにしてほしいとの注文。さらに、レフェリーは反則の厳しい取締りを通告した。

反則ダメ!亀田大毅に審判団が異例の通告(毎日新聞)

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良い子の封印はとかれた。メンチ切りの挑戦者からは、大毅節も復活。試合後の午後10時から祝勝会も予定されているという。

後半失速傾向にある王者攻略の頼みの綱は、大毅選手の強烈な左ボディブロー。ただ、デンカオセーンは世界挑戦権を獲得したワンディのようには行かないだろう。ボクシングの幅では数段王者が上回る。

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内藤大助(宮田)vs大毅戦ゴングを間じかに控えた有明コロシアム。JBC安河内事務局長へ何気に声をかけたのを思い出す。

「ようやくここまで来ましたねェ。無事終わってくれたらいいですね」(~~)

リング入場時、その強気の言葉とはうらはらに一瞬気弱な表情をかいま見せた挑戦者。あれから2年。世界再挑戦は早過ぎるという声もあるが・・・。

王者デンカオセーンは久高戦の不出来から、この試合に備え名王者カオサイ・ギャラクシー氏の管理化の下、十分なトレーニングを積んで来ている。王者のキャリアと意地が、挑戦者を上回ると見ます。


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ギャラクシージム・ニワット会長も気合十分の様子。

タイからも複数の報道陣が来日。王者の戦いぶりに注目が集まります。2度坂田選手と拳を交えているデンカオセーンには、「しっかりやってくれ。頼むぞ」の境地であります。そして、クリーンファイトなファイトを期待です。

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「ボクシングは大変だよ。大変・・・」

言葉の主は昨日静岡市清水区で開催された興行のプロモーター、三津山ジム・三津山立直会長。その言葉には重みがありました。

「三津山さんは選手作るの上手だよ」

ウェルター級、ミドル級。日本タイトル2回級を制覇したダイナマイト松尾選手はじめ、数多くの選手を輩出している三津山ジム。飯田大介選手が新井田 豊 (横浜光)選手へ挑戦した試合も惜しかった。最終回終了ゴングと同時に飛び上がって喜んだ三津山会長でありました。

昭和39年(1964年)清水市(現静岡市清水区)の串田ジムからプロデビュー。75年まで戦い続けた三津山選手の歴史は、地方ファイターの鏡であります。

串田ジムは、日本初の世界チャンピオン白井義男選手のライバル、”無冠の帝王”といわれた実力者串田 昇 選手が、引退後設立した。ジムオープンには白井選手はじめ、カーン博士らがお祝いに駆けつけている。小学校に隣接する土地にあった小さなジムをよくのぞきにいったものです。

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昭和40年度のフェザー級東日本新人王戦にエントリーした三津山選手は、地方ジムのハンデをものともせず勝ち進む。決勝で対戦したのは、ジャガー柿沢(中村)選手。後の東洋王者に惜敗し、惜しくも新人王を逃したが、この時代にあっては快挙といえるだろう。同年度の新人王には柴田国明(ヨネクラ)選手、牛若丸原田(笹崎)選手らがいる。

場所、相手等選んでいられない。呼ばれればどこへでも出かけて行く。そして、白星に恵まれないながらも着実に実力をつけていく。韓国、タイ、フィリッピン、グァム。数度に渡る海外遠征も経験し、フラッシュ・エロルデ(比)、レネ・バリエントス(比)らの世界王者とも対戦した。

「海外遠征行くって聞いて、当時の市長が壮行会を開いてくれたよ」(~~)

ボクサーになって強くなったら海外旅行へいける。そんな動機でボクサーを志す若者も多かった時代です。

三津山選手は、そのタフネスぶりを買われ、強打の世界Sライト級チャンピオン 藤 猛 (リキ)選手のスパーリングパートナーにも抜擢された。Sライト級ランカーとして長く活躍する事になるが、地元での試合チャンスはなかなか恵まれない。

「23、4の頃には自分でプロモーターやってたよ」(~~)

「市民会館借りてさァ。だけど、こっちがバンテージ巻いてる時に席が違うとか、色々言って来るんだよ。もう勝手にしてくれって、試合やらなきゃいけないんだから」(~~)

興行をプロモートするだけでも大変な労力だが、自らメインを張るとは凄い事です。

   

1972年(昭和47年)4月1日。日本武道館で開催されたモハマッド・アリ(米)vsマック・フォスター(米)戦のリングにも登場。大きな舞台での試合経験も豊富である。

そんな三津山選手に、ようやく日本タイトル挑戦の機会が巡ってきたのは1974年(昭和49年)7月4日の事。1階級上げウェルター級3位にランクされた三山選手が挑む事になった王者は、世界王座に狙いを絞った辻本章次(ヨネクラ)選手。

これまで16勝(4KO)25敗8分。地方ボクサーの辛酸をなめながら、努力で築きあげた挑戦者の地位はただ立派の一言。頭が下がります。東京でやっていたら?とは、つい考えてしまいます。

若き王者に無類のタフネスで抵抗した挑戦者であったが、9回KO負けで積年の夢は破れた。日本王座挑戦をキャリアの最高峰として、グローブを置いた三津山選手はジムを創設する。

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地元で開催される”三津山ボクシングアワー”は、52回目を数える。三津山会長は協栄ジム先輩との付き合いも古く、世界チャンピオン具志堅用高選手、渡嘉敷勝男選手らをエキシビションに出場させている。

世界王者具志堅選手に、若き渡嘉敷選手が挑んだスパーも清水のリングで展開されました。観戦された方はラッキーでしたね。(~~)

あらゆる意味で現代は地方格差がなくなって来ました。昨日は、「アウェーへ行くのも勉強だよ」と言われ清水へ行って来ました。しかし、一昔前は大変な時代だったのです。その意味ではボクシング界は発展をとげているといえるのかもしれません。ボクシングが好きでたまらない会長さん達に支えられて。

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坂本博之選手をKOした事もある柏木宗(三津山)選手が地元清水のマリンビルに登場。インドネシア選手と対戦したが、4回59秒TKO負けとなった。会場には坂本氏の顔もあった。


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私の生まれ育った遊び場に立つ清水マリンビル。 ★EVERLASTミニグローブ&キーリングス →携帯からご注文


セミ8回戦登場のOPBFライト級王者長嶋建吾(18古河)選手は、初回55秒でタイ選手をタンカ送り。貫禄をみせた。


協栄ジムからは中田敏夫(1勝1敗)選手がSバンタム級4回戦に出場。対するは、インターハイベスト8という駿河ジムの柘植(つげ)雄季選手。


「あの選手は来年全日本新人王取るよ」


「スピードあるし、パンチも強いよ」


「でも、協栄さんも強いらしいねェ」


プロモーター三津山会長からタップリ脅かされて(~~)、思わず苦笑いの試合前。他の関係者からも柘植選手は、「強いよ」の声がどんどん入って来る。(~~)


26歳。高校時代に10数戦のアマキャリアがあるとはいえ、東京農業大学時代はボクシングとは無縁に過ごした中田選手。大竹マネジャーの指示通り、巨人の星” 星 飛雄馬”のTシャツでやる気満々。


BOXING MASTER/ボクシング マスター
中田敏夫(協栄)選手。 ★EVERLASTミニグローブ&キーリングス →携帯からご注文


「飛雄馬狙え、坂田!」


坂田健史(協栄)選手とのスパーの際着用していた飛雄馬Tシャツ。坂田選手の格好のマトとなってしまいました。かなりのボコボコ。


「あのときの気持ちを忘れるな!」で、飛雄馬Tシャツでリング登場となりました。


BOXING MASTER/ボクシング マスター  ペタしてね


プロ3戦目。「強い相手と戦いたい」という。 


「相手強いってよ。しっかりやってくれよ!」


プロデビュー戦。ベテラン斉田会長に、「アイツの目いっちゃってるよ。こりゃ、ガンガン行くよ」と言わしめた中田選手。好意青年だが、気合が入ると人相が変わるのも確かである。


スピードある動きから強烈な右カウンターを打ち込む柘植選手。試合は、柘植選手が先手を取る。


2、3回といいパンチを貰うも打たれ強い中田選手は、すぐに打ち返す。クリーンヒットとは行かないのだが。


インターバル。ドクターが上がってチェックが入るが、大声で返事、いたって元気。


「ラスト、思いっきり行って来い!」


最終回ペースダウンの柘植選手に中田選手のパンチがヒット。猛烈な打ち合いとなったが、先に下がったのは柘植選手。思いの他脆い印象。


「チャンス。出ろ中田!」


ラスト1分。柘植選手を追いまくった中田選手であったが、試合終了ゴング。試合後の余談であるが、中田選手は「思わぬチャンスにあせった」。


「最後は取ったぞ!。一矢は報いたけどなァ」


判定はジャッジ3者揃って39−37で柘植選手。


好センスの柘植選手。先が楽しみな選手です。11月にも第2戦が予定されているそうです。


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黙々と荷物を整理する中田選手。目からは涙があふれる。


「悔しいなァ」


「負けて黙って泣いてる選手は強くなるんですよ」


マッチメイカーの村山さんが言葉をかけてくれた。


「いい経験になりました。また、強い選手とやりたいですね」


「ホントかよ、3戦3KOいっちゃう」(~~)


9人の仲間が遠く清水まで応援に来てくれた。勝てはしなかったけれど、前回よりも成長した試合ぶりを見せた中田選手。やっぱり強い選手との対戦が、己を成長させる。


「両親と帰らないのか?」


「泣いちゃいますから」


「お前さっき泣いただろう」(~~)


この黒星。アウェーでの戦いを、ぜひ今後に活かしてほしいと思います。がんばれ飛雄馬!


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安田幹男vsパッキアオに勝った男

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9月30日WBA世界Sフライ級タイトルマッチのセミファイナルには、今をときめくマニー・パッキアオ(比)を3回KOし、WBC世界フライ級王座を獲得した実績を持つ現WBC世界バンタム級15位メッグン・シンスラット(タイ)が登場。
日本バンタム級11位安田幹男(六島)選手と対戦した。


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減量苦で正規ウェートを作れなったパッキアオをノックアウトしたのは、もう10年も前になる。2度目の防衛戦でマルコム・ツニャカオ(比)に破れて以来、世界戦のチャンスはない。パッキアオに勝った男は、2年前米国まで出かけホルへ・アルセ(メキシコ)と戦ったが初回KO負け。


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以後もコンスタントにリングに上がっているがそのほとんどが6回戦。12年のキャリアを誇るがまだ31歳。久々の日本リングで、どんな戦いを見せてくれるのか?


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緊張気味の安田選手陣営。

「藤原君、ず〜っと出ずっぱりでしたよ」

世界王者の指名戦を後に控えながら、前座試合から活躍の藤原トレーナー。枝川会長ばりのヒゲですね。ちょっと太りましたか。(~~)

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初回から飛ばす安田選手に、元王者はなす術もない。



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2回。ボディが効いた。

すかさず連打の安田選手。


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元王者ダウン。


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立ち上がったものの安田選手の追撃にレフェリーは試合をストップ。

1分23秒安田選手のTKO勝ち。




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世界ランカーを破りうれしさいっぱいの安田選手。

今年2月、日本Sバンタム級1位芹江匡晋(伴流)には敗れたが、8月1日豪腕・宮城竜太(BMB)選手を初回KOで下し再起。この勝利で世界入りも期待されます。

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昭和49年(1974年)4月11日。WBC世界ライト級王者ロドルフォ・ゴンザレス(メキシコ)vsガッツ石松(ヨネクラ)戦の予想はひどいものだった。石松選手の勝利を予想する者は皆無に等しい。ボクシングマガジンの予想は、”石松の善戦どこまで?”。”石松兄ィの悔いなき善戦を期待する”と、結ばれている。

王者ゴンザレス52勝(42KO)5敗。挑戦者石松選手は27勝(15KO)11敗5分。前年9月にはWBA王者ロベルト・デュラン(パナマ)の地元に乗り込み世界王座にアタックするも、欲のなかった石松選手は10回、「予定通り」キャンバスへ沈んだ。「最初から勝てる気がしなかった」とはいかにも石松選手らしい。


デュランvs石松  ★EVERLASTミニグローブ&キーリングス →携帯からご注文

再起戦が世界挑戦。それも期間僅か4ヶ月ときては、今なら大いに叩かれそう、いや実現しないスケジュールが石松選手に組まれた。ボクシング協会は分裂の時代。ゴンザレスの王座を追うライバル門田新一選手の三迫ジムと、ヨネクラジムはそれぞれ別の協会に属していた。

「ホントは門田だったのよ」

ゴンザレスvs門田戦は内定していた。ハワイでゴンザレスに王座を追われていたチャンゴ・カルモナ(メキシコ)をノックアウト。一躍世界挑戦者の地位を獲得した門田選手の帰国第1戦は、フジTVがゴールデンタイムで放映。

王者のファイトマネーは、1万ドル三迫陣営の方が条件が良かった。ゴンザレスのプロモーターはドン・チャージン。マネジャーはジャッキー・マッコイ。ハワイのボス、サム・イチノセ氏とは昵懇である。

「安くてもサムが入るなら石松とやろう」

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マッコイは決断した。後年聞いた話だが、ゴンザレスは自信過剰になり、ウェートに問題を抱えていた。つまり、言う事を聞かなくなっていたと。毒蜘蛛にさされたと1月の試合は4月に延期になるが、その原因はコンディションつくりにもあった。チャージン氏の親分、故金平正紀会長が最も尊敬していたボクシング人ジョージ・パーナサス氏は、自らが抱える栄光の頂点にある王者を冷静に分析していた。

「わがままになった選手は、王座を去る日も近い」

そのタイミングをたくみに読み、自らの息がかかる者を挑戦者に抜擢する。黄金のバンタム。エデル・ジョフレ(ブラジル)を日本に送ったパーナサス氏は、「敗れても仕方ない」と考えていた節があります。

3度目にして初の国内挑戦。石松選手はやる気満々。一方のゴンザレスは、石松戦の次は門田の挑戦を受けると、目の前の敵を相手にしていない。デュランのボディブローで沈む石松選手のビデオを日本来てから見せられた王者は、過剰な自信にさらに磨きをかけていた。

   

昭和41年(1966年)12月デビュー。4連勝したかと思えば負けが込み4勝3敗1分。この手の戦歴は現代にも多い。自信過剰→怠けるの構図である。67年の新人王戦はあっさり敗退の石松選手。しかし、翌年の新人王戦は勝ち進み、69年2月全日本ライト級新人王を獲得する。輪島功一(三迫)選手とは同期の新人王だ。

新人王の栄誉獲得も後石松選手らしい(失礼)。8回戦は2連続引き分け。そして次は負けた。昭和45年1月25日。思わぬチャンスが石松選手にやって来た。東洋ライト級王者ジャガー柿沢(中村)選手とのノンタイトル戦。柿沢選手には世界挑戦の話もありほんの小手調べ。11連勝中(1分)の柿沢選手は、34勝(4KO)2敗2分の戦績。

この試合で石松選手はやる気になった時の無類の勝負強さを発揮する。東洋王者に10回判定勝ち。この勝利で、10回戦の経験僅かに3度ながら世界王者イスマエル・ラグナ(パナマ)挑戦のチャンスを手に入れた。一方、同郷の柿沢選手は、世界への夢が絶たれよほど気落ちしたか8連敗を記録する事になる。柿沢選手は、”真面目男”と評されていた。

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石松選手の晴姿。  ★EVERLASTミニグローブ&キーリングス →携帯からご注文

ラグナ挑戦は13回TKO負け。しかし、「ただ海外旅行へいけるのがうれしかった」石松選手は、「世界もこんなものか」という自信をつける。再起戦を勝利した石松選手は、70年10月海外リングで2敗を喫する。

10日オーストラリアで元世界バンタム級王者ライオネル・ローズ(豪)に10回判定負け。そして、29日はホノルルへ飛びWBC世界Sフェザー級王者レネ・バリエントス(比)とも10回をフルに戦い判定負け。この2試合はライト級リミットで行われている。

「海外へ行けてゼニになる。こんないい事はない」。ひと月に2敗ながら、石松選手は元気であった。

71年3月。日本ライト級王者高山将孝(P堀口)選手への挑戦は引き分けに終わる。8月、東洋ライト級王者門田新一(三迫)選手との対戦は、暑さにマイって8回KO負け。12月韓国へ渡り東洋Sライト級王者 李 昌吉(韓国)には判定負け。気がつけば10敗目。このままでは、チャンピオンベルトははるかに遠い。

72年1月16日。試合まで1週間も切った所で東洋王者門田選手への代理挑戦が決まる。当時の世界王者ケン・ブキャナン(英)への挑戦が内定していた門田選手。しかし、絶対に負けない相手のはずが、まさかの判定負け。


東洋奪取!喜びのヨネクラ陣営。  ★EVERLASTミニグローブ&キーリングス →携帯からご注文
 
「こんなはずじゃなかった」

失意の門田選手は海外修行へ飛び立つ。「世界の切符を掴むまで日本へは帰らない」。そしてそれを実行する事になるのだが、先述の通り運命は石松選手に微笑む事になる。

東洋王座2度防衛後デュランへの挑戦に恵まれたのだが、「ファイトマネー良かったし、10回までは頑張ろうと思って」を、予定通り実行。しかし、世界も遠いもんじゃないと再度認識。「俺の左フックでデュランが一度はグラリとなった」。戦った本人にしかわからぬ感触だ。

負け数11を数えるKO負けしたばかりの世界挑戦者に、すぐ再チャンスが来るとは。KO負けの後遺症も、心の痛手も何もない。ただただ、日本で挑戦できる事に喜びを感じていた。

幼少時代、大変な苦労をされて来たという石松選手。醤油一杯貸してくれなかった近所の人達が、全日本新人王を獲得するとそれとばかりにお祝いに駆けつけ後援会が出来上がった。「・・・こんなものかな」。悔しさとうれしさに涙があふれたという。

「有二(石松選手の本名)は頑張ってたよ。一生懸命だったなァ」

これは、ハワイでお会いした元日本王者清水 精 (ヨネクラ)氏の証言である。


ガッツ石松世界王座奪取!  ★EVERLASTミニグローブ&キーリングス →携帯からご注文

前に出てはボディブローを繰り出すゴンザレス。左と足で交わす挑戦者。戦いは互角の流れ。8回勝てるつもりでいた石松選手は、タイミングを読み矢のようなワン・ツー、いやワ・ツーを打ち込む。ゴンザレスが倒れた。それは信じられない光景だった。

ロング・カウントもなんのその。強いといわれたゴンザレスを完全KO。スターが誕生した。日本人初の世界ライト級王座獲得。ここぞと決めた勝負には滅法強かったガッツ石松選手。

「明日負けても悔いはない」は、「5度防衛して引退」と欲が出た。個性派チャンピオンの防衛ロードは始まった。 −続 くー

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名城vsカサレス・激闘写真集!

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9月30日大阪で開催されたWBA世界Sフライ級タイトルマッチは、チャンピオン名城信男(六島)選手、挑戦者ウーゴ・カサレス(メキシコ)共に譲らず12回を引き分けた。引き分けではタイトルの移動はないボクシング。名城選手は2度目の王座防衛に成功した。

ラーメン店もはしごするニューヨーク在住、グルメなボクシングカメラマン山田純夫氏のリングサイド・フォトで試合を振り返ります。


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カサレスは元WBO世界Lフライ級王者。貫禄がある。左はお馴染みクリスチャン・ミハレス>


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ゴングを前に緊張の名城陣営。強敵を相手にする心構えが出来ていた。


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TV放送席は菅原文太氏、WBC世界バンタム級王者長谷川穂積選手、元世界王者大橋秀行会長が陣取る。




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試合開始早々から強打の応酬が始まった。インサイドから挑戦者のアッパーが効果的。


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結婚第一戦。気合十分の王者は簡単にペースを渡さなかった。






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激しい攻防が繰り広げられた中盤戦。ポイントは挑戦者に流れていたようだが、王者も決して見劣りしなかった。

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終盤戦。動きの鈍った挑戦者に襲い掛かるチャンピオン。


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カサレスも元世界王者。簡単には引き下がらない。




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ラストラウンドは、王者の強打に挑戦者あわやダウンかのシーンも。そして、試合終了。

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両選手共に勝利ポーズ。判定は大きく割れた。116−112のスコアで票を分け合う。残る一人は114−114。ドロー、引き分けで名城選手が2度目の防衛に成功した。




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橋下大阪府知事から祝福を受けるチャンピオン。


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最強挑戦者相手に王座防衛。喜びの枝川会長。

「名城陣営はカサレスをよく研究していました。対策が十分出来ていましたね」

勝者へ挑戦表明している前WBA世界フライ級王者坂田健史(協栄)選手も大竹マネジャーと共に観戦。


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試合後王者陣営は、暫定王者ノニト・ドネア(比)との対戦を希望。普通であればWBAが義務付けるべき王座統一戦だが、これはWBAというよりもドネアのボブ・アラムプロモーターの意向次第であろう。

1981年米国でWBA世界Sウェルター級王座を奪った三原 正 (三迫)選手を、三迫プロとの共同プロモートで売り出そうとしていたアラム。初防衛に成功さえしていれば、桁外れのファイトマネーが約束されていた。カサレスとの引き分け防衛をアラムはどう評価するんでしょうか?

果たして坂田選手にチャンスは回って来るのか?金平会長の手腕に大いに期待する現場であります。名城選手、防衛おめでとう。

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